前回につづいて、法務と交渉、特に契約交渉における法務の役割や責任と権限についてのお話です。
『企業内法務の交渉術』では、法務が契約交渉に参加することを進めています。
私も、基本的に、法務が契約交渉に参加することには賛成の立場ですので、この結論には賛成です。

ただ、以下のような理由は法務部員や知的財産部員のスキルアップという観点からは理解できますが、
① 取引先の会社のカルチャーを理解できる
② 取引先の会社やその担当者にとって、何が関心事かが理解できる
③ ビジネスの現場や取引先との間で交わされている「言語」が理解できるようになる
④ 同席をすることにより法務担当者自身の交渉能力やスキルが向上する*1
これらの理由だけで、法務が契約交渉に参加することを是としてしまうのは、組織論的な全体最適の観点が欠けているように思います。
確かに、組織構造は各社各様のため、組織構造を踏まえて交渉における法務の役割について書くことは難しいです。
ただ、少なくとも、各社各様の組織構造によって、交渉における法務の役割や責任と権限が異なることは示唆した方が良かったと思います*2


組織構造によって、交渉における法務の役割や責任と権限がどのように異なってくるかというと、例えば、私が所属している組織の場合、意識してか、それとも無意識に組織構造が構築されたのか分かりませんが、組織構造は教科書的な『ライン&スタッフ』制が採用されており、法務の役割や責任と権限は、かなり明確です*3

『組織戦略の考え方 - 企業経営の健全性のために』によれば、スタッフ部門は、意思決定権者が例外的な処理に関して意思決定を行う際の補佐という役割を担うために創設される部門です。
そして、意思決定権者の例外処理という新たな意思決定を行うプロセスは、
① 問題の認識
② 情報の収集
③ 情報の分析
④ 選択肢の生成
⑤ 選択
⑥ 組織内正当化プロセス
⑦ 命令・決定の伝達
といったものになり、
このうち意思決定権者自身がやらなければならないことは、
① 問題の認識
④ 選択肢の生成
⑤ 選択
⑥ 組織内正当化プロセス
だとしています*4

つまり、スタッフ部門である法務がすべきことは、
② 情報の収集
③ 情報の分析
⑦ 命令・決定の伝達
となります*5

このように、組織論的な全体最適の観点を踏まえて、契約交渉時の法務の役割や責任と権限を明確化した上で法務が交渉に参加するようにしないと、①交渉相手に交渉の権限があるものが誰なのかについて誤解を生じさせ、交渉が効率的に行えない可能性があること、②自社の組織において、それぞれの組織の機能や役割分担が不明確になり、業務(やるべきこと)の抜け漏れが生じ不効率となる可能性があること、③責任と権限が不明確となり、交渉時の持ち帰りが多くなり、交渉が合意に至るまでの時間が余計にかかってしまうこと、などのデメリットが生じてしまうように思います。


<脚注>
*1 『企業内法務の交渉術』34頁
*2 この点が抜けてしまうと、組織における機能や役割分担が不明確になり、業務(やるべきこと)の漏れが生じる可能性がありますし、最悪、誰も責任を取らない組織になります。
*3 少なくとも、経営層の判断や指示は、法務をライン&スタッフのスタッフ部門であることを前提になされています。
*4 『組織戦略の考え方 - 企業経営の健全性のために』第1部 組織の基本 第1章 組織設計の基本は官僚制
*5 個人的には、「命令・決定の伝達」は、原則として意思決定権者本人がすべきだと思います。情報理論によれば、中継点が一つ増加するごとに、伝達される情報は半減し、発生する雑音は倍増する、と言われています。