『企業内法務の交渉術』


法務が契約交渉の場に出ることには、賛否両論ありますが、契約交渉に参加される法務担当は増えているように思います。
実際に私も、先方の法務が参加するので契約交渉の場に参加して欲しいとか、先方の法務が直接話をしたいと言っているので契約交渉の場に参加して欲しい、と言われることが増えています*1

交渉に関する本というと、基本的には、ビジネスよりの交渉に関する本か、紛争時における弁護士さんの交渉術に関する本だったりと、企業内の法務や知的財産部員向けの本は少ないように思います。

そんななかで、『企業内法務の交渉術』は、タイトルのとおり企業の法務部員であれば、遭遇しそうな事例をもとに、企業内法務という立場から交渉が整理されており、あまり類書が無いように思います。
また、これまでの著者の経験に基づいた交渉の心構えやノウハウ等が書かれており、交渉に参加する法務部員にとって有益な記述が多くあります。

ただ、純粋に交渉に関する本(交渉学)の本としてみた場合は、入門書レベルの本だと思います。
『ビジネスにおける「交渉」は「戦争」ではなく「陣取り合戦」』として、お互いに納得のできる「交渉の落としどころ」、つまり、「交渉の結果、譲歩や妥協ができるぎりぎりのポイント」を探すことを重視するなど、交渉学的な観点から見た場合、現在の一般的な交渉に関する考え方等を他の交渉学に関する本で補う必要があると思います。


ところで本書では、法務部門が交渉に参加しない(できない)理由として以下の4点をあげています。
① 契約に関しては、法務部門は助言機能しかなく、すべてビジネス部門が意思決定を行っており、同席の必要がない
② リソース、時間的な問題もあり、法務部門が交渉に参加するのは事実上困難
③ 相手方は、法務部門の者を参加させていないにもかかわらず、自社から法務部門を同席させるのはバランスを欠く
④ 法務部門が交渉の場に参加するということは、会社としてコミットすることを示すので、リスクマネジメントの観点から交渉の現場には同席させない

私が所属する組織では、法務はスタッフ部門と位置づけられており*2、契約交渉の権限と責任は事業部門にあるため、法務が契約交渉の場に参加することは基本的にありません。
また、リソース的に、すべての契約交渉に法務が同席することは事実上不可能です。

これに対して本書では、「法務部門がビジネスをサポートする立場であれば、なんとか時間をやりくりして、できる限り同席する方がよい」とし、参加することで得られるベネフィットとして、
① 取引先の会社のカルチャーを理解できる
② 取引先の会社やその担当者にとって、何が関心事かが理解できる
③ ビジネスの現場や取引先との間で交わされている「言語」が理解できるようになる
④ 同席をすることにより法務担当者自身の交渉能力やスキルが向上する
をあげています。

確かに、これらは法務部員や知的財産部員が同席することで得られるベネフィットではありますが、組織上の全体最適の観点も加えて考慮すべきだと思います。

~ つづく ~

<評価> ☆☆☆
一通り交渉学を学んだ法務又は知財部員向けの本として。


<脚注>
*1 私は、交渉好きなので、ビジネスサイドから求められた場合は、できるだけ参加するようにしてます。
*2 「スタッフ」の業務は、情報・データの収集、分析、助言・指導であり、指揮・命令の権限を持ちません。権限がない以上、権限に伴う責任もないことになります。