前回に続いて、ビジネスモデルのための法務知財戦略、ビジネスモデルキャンバス編②です。
今日は、ビジネスモデルキャンバスを法務の仕事に生かす具体的な方法についてお話をしたいと思います。


企業法務の主な仕事に契約書のレビュー・作成の仕事があります。

通常、企業法務が契約書のレビューや作成の仕事を行うとき、ビジネス(取引)に関する情報を収集し、ビジネス(取引)を理解したうえで*1、契約書の文言をレビューしていきます。
事業部門からの情報を踏まえて、例えば、当該ビジネス(取引)から生じる損害が取引から得られる対価と比較して、過大になる可能性があると判断をした場合は、自社の損害賠償責任を軽減するために、次のような修正提案(契約交渉)を行うことがあります。
損害賠償条項

このような修正を行うためには、ビジネス(取引)に関する情報を収集していく必要があります。
そして、抜け漏れなく情報を収集するためのツールというと、チェックリストが思い浮かぶかもしれません。
ただ、チェックリストには、幾つかの問題点があります。
例えば、チェックリストは、これまでの経験に基づいて作成されることが通常であり、従って、ある程度経験やノウハウの蓄積がないと網羅性に欠け、また、これまでの経験に基づいて作成されたチェックリストでは新規ビジネス(取引)の場合にはあまり役に立たない場合が多いです。

このようなチェックリストの問題を理解している法務担当者の中には、単にビジネス(取引)の情報収集を収集して、契約当事者間における自社の状況を理解するだけでなく、上流から下流までビジネス(取引)の全体像を、商流という観点から把握するために取引相関図を作成し、自社のポジションを確認したうえで契約書の文言をレビューしていくこともあると思います*2
取引相関図
矢印は、ビジネスを構成する4要素、すなわち、「人」「もの(サービスを含む)」「お金」「情報(権利を含む)」を表し、それぞれが商流において、どのように流れていくかを確認することでビジネス(取引)を把握していきます。
このようにビジネス(取引)を把握し理解することで、商流を含むビジネス全体の中で、自社が負うことになるリスクを把握することができ、把握したリスクに対して、「回避」「低減」「共有(転嫁・分散)」「保有(受容)」といった対応策を検討することができます。
把握したリスクに対しては、例えば、通常とは異なるオペレーションを採用したり、契約交渉を通じてリスクを「回避」する、保険を活用してリスクを「低減」する*3、上流と下流の契約条件を整合させることで自社が負うことになるリスクを上流または下流に「共有(転嫁・分散)」する、ことになります。
これらの対応策を講じることが難しい場合には、一定の条件の下で*4、リスクを「保有(受容)」するという選択をすることもあります。

このように取引相関図を作成し、「人」「もの(サービスを含む)」「お金」「情報(権利を含む)」が商流においてどのように流れていくかを確認することで、ビジネス(取引)を把握でき、その結果、かなりの程度、リスクを把握することができると思います。
ただ、取引相関図だけで、ビジネス(取引)を十分に把握できるか?というと、個人的には、取引相関図だけでは難しく、取引相関図を使いこなすためには、それなりの経験とノウハウが必要だと思います。

例えば、取引相関図だけで以下のような事実を漏れなく把握することができるでしょうか?
① 顧客は誰か(法律上、意味のあるセグメンテーションとしては、例えば、顧客は事業者か、それとも消費者か)。
② 自社の製品とサービスが顧客に提供する価値(例えば、強み)は何か。
③ 顧客セグメントとどのようにコミュニケーションし、どのように価値を届けるか(例えば、店舗かインターネットを含む通販か)。
④ 特定の顧客セグメントに対して、どのような(例えば、一回限りまたは短期的な取引か、それとも中長期的・継続的な)関係を結ぶのか。
⑤ ビジネスを実行するために必要な自社で保有すべき資産(例えば、ノウハウを含む知財やキーパーソン等)は何か。
⑥ 自社がビジネスモデルを実行する上で必ず行わなければならない重要な活動(例えば、企画・設計・製造・販売等)は何か。
⑦ ビジネスを実行するうえで、重要な(代替の効かない)パートナー(例えば、サプライヤー等)は誰なのか。
⑧ ビジネスを実行するにあたって発生するコスト(例えば、設備投資を行うのか、リースを活用するのか等)は何か。
⑨ 自社が得られる収益と負担するコスト(リスクを含む)は、十分な収益が見込めるものか。
これらを取引相関図だけで把握できるようになるには、相当のノウハウと経験が必要になると思います。

そして、このような事実を漏れなく把握できるのが、ビジネスモデルキャンバスというフレームワークなのです*5
BMC

経営学や経営実務において、フレームワークはツールとして、よく利用されていますが、法務や知財ではあまり使われていないように思います。企業法務や知財においても、ビジネスのために法務や知財があるわけですから、ビジネスを整理し、分析し、理解するためにフレームワークを利用することはもちろんのこと、法務知財的な視点を踏まえたフレームワークの利活用が、もう少しなされても良いように思います。

~ つづく ~


<脚注>
*1 いきなり契約書のレビューをはじめてしまう方もいますが、まずは、きちんとビジネス(取引)に関する情報を収集し、ビジネス(取引)を理解するのが、原則です。余程、その取引を理解している場合、例えば、過去に何度も行っているビジネス(取引)であり、状況に変化がないことを知っている場合などでないと、いきなりレビューをすることは避けた方が効率的です。ただし、ビジネス(取引)に関する情報を収集するための前段階、つまり、依頼者や担当者に質問をする前段階として、契約書をざっくりと見ておくのは良いと思います。
*2 私も、新規ビジネスの場合や少し複雑なビジネス(取引)の場合には、取引相関図を作成してから、契約書のレビュー・作成をしています。
*3 保険に加入する場合は、保険料分のコストをどこかに反映させることになります。どこか?といえば、通常は、価格でしょうが・・・。それ以外にも工夫の余地はあります。
*4 例えば、「保有(受容)」するリスク分を価格に反映させたりします。
*5 何故なら、このような事実を漏れなく把握するために作れられたのが、ビジネスモデルキャンバスというフレームワークだからです。