以前、『企業における法務の仕事』の一つに、紛争訴訟対応(④)がある、という話をしました。
この紛争訴訟対応のうち特に訴訟という仕事を適切に行うための重要な要素として、訴訟内容に応じた適切な訴訟代理人を選定するという仕事があります。

また、これと類似するものとして、法律事務所関係(⑥)の仕事があります*1
具体的には、適切な法律事務所を選定し、適切な弁護士さんに業務を依頼する(依頼できるような関係を構築する)仕事です。
国内はもちろんのこと海外の法律事務所についても、専門性の高い法律事務所を探し、その能力を評価し、また能力と費用が見合った適正な水準であるか等を調査し、案件に応じて適切な弁護士さんに業務を依頼し、または依頼できるように関係を構築していきます。

しかしながら、この仕事、自分たちよりも専門性の高い人たちの専門能力を評価するという仕事ですから、正直に言って、非常に難易度の高い仕事です*2

特に、日頃訴訟経験のない法務部員や知財部員が、専門性の高い訴訟代理人である弁護士さんを適切に評価することは非常に難しいように思います。
その結果、本来専門性が高い弁護士さんが評価されない、ということが起こると、お互いにとって非常に不幸なことだと思います。
このような不幸を防ぐために、ある程度*3、訴訟代理人として経験を積んだ弁護士さんがインハウスとして法務部や知財部に来てくれると、ありがたいと思います。

ただ、そのような経験を積んだ弁護士さんでも、インハウスになってから5年10年と時が立つと、そのような能力を維持し続けることができているのか、微妙な気がしています。また、専門分野が違う、なんて問題もありそうな気がします。
さらに言うと、訴訟代理人として、複数のクライアントから訴訟を依頼された弁護士さんが、5年10年と時代の流れとともに経験を積んでいく一方で、5年10年と組織内で組織に染まっていく企業内弁護士さんが、同じように能力を維持・開発していけるものなのでしょうか*4

それ以上に、自分達が、ある特定の分野における訴訟代理人として専門性が高いと評価し、訴訟を依頼した弁護士さんに対して、(自分たちの方が正しいと考えてなのか)あれこれと細部にわたって指示や指摘をする法務担当者って何なの?と思ってしまいます*5
別に、訴訟代理人である弁護士さんと企業法務(知財)の関係に限りませんが、良い仕事、建設的な仕事をする上で、相手を尊重して、権限を委譲し、その裁量に委ねることが必要なのは当たり前のことだと思います。

そういう意味では、例えば、『BUSINESS LAW JOURNAL(ビジネスロー・ジャーナル)2016年02月号』「法務のためのブックガイド2017」の「法務担当者5人による購入書籍分野別批評会」における『企業法務のための民事訴訟の実務解説』の批評の中の「(訴訟代理人への)丸投げでは、法務として何をやっているんだということになりかねません。」という発言について、『企業法務のための 民事訴訟の実務解説』を読んで、訴訟代理人にあれこれを指示や指摘をしろ、という意味だと理解することは、前述の理由から企業法務の仕事内容の理解としては違うように思います*6
むしろ、訴訟時に、企業内の意見をまとめ、方針や戦略について経営者等の判断権者に正しい判断をしてもらい、社内の他の組織と連携し、ときに適切な指揮・指示をしながら、訴訟外で必要となる事前準備(例えば、必要となる証拠の収集はもちろんのこと、広報との連携や訴訟で必要となるお金の準備を経理財務と調整するなど)や事後の手当(例えば、敗訴時に必要となるビジネス上の対応の準備など)を行うとともに、決定した方針等を訴訟代理人である弁護士さんに伝え、有能な訴訟代理人である弁護士さんに思う存分訴訟でその力量を発揮して頂くための環境を整えることことそが、企業法務に求められる訴訟時に必要な能力だと思います*7

もちろん、一部の企業において、特定の訴訟業務を内製化する、という方針をとっているところがあることは理解をしています。
そのような企業においては、実質的に訴訟を担当する組織内弁護士さんがおられるでしょうから本書のタイトルに「企業法務のための」とつけることは、特に問題はないのかもしれませんが、そもそもそのような企業の数は、全体から見れば極めて少数だと思いますし、また、組織内弁護士ではない企業法務担当者向けに、組織内弁護士と同等の仕事をするための書籍と本書を位置付けることは、企業法務担当者をミスリーディングしてしまうのではないかと思っています。

以前『好きなようにしてください』という一橋大学の楠木教授の本を紹介しましたが、本書において、次のようなことが述べられています。
どうせ一人の人間ができることはなんてたかが知れているわけです(天才はこれを除く。)。幸いにして世の中いろいろな人がいるわけですから、自分がキライで不得意で不得手なことは自分でやるよりも誰かスキで得意な人にやってもらったほうがよい。社会的分業。相互補完。いまも昔も人の世の中の基本のキ*8

要するに、餅は、餅屋ということです*9
幾ら企業法務として訴訟を経験していても、特定分野における訴訟を特定分野における訴訟経験が豊富で有能と評価した訴訟代理人である弁護士さんに依頼したときには、その弁護士さんに敬意をもって仕事をしたいものです*10


<脚注>
*1 詳細は、こちら
*2 自分の好みの(価値観が合う)弁護士さんを選ぶことや、サービス精神のある弁護士さんを選ぶことはできますが、本当に訴訟遂行能力の高い弁護士さんを選べているのか、私にはその自信がありません。
*3 人にもよるのでしょうが、やはり、企業側において採用する立場の場合、訴訟代理人の仕事をメインに7~10年くらいの経験を積んだ弁護士さんだと期待する仕事がしていただけそうな気がしています。最初からインハウスの弁護士さんに、このような仕事を期待するのはちょっと難しい気がします。
*4 もちろん、私と比較すれば、まだ訴訟代理人の仕事をメインに7~10年くらいの経験を積んだ弁護士さんの方が余程ましだとおもいますが・・・。
ただ、そうは言っても、優秀な訴訟代理人を見つけなければならないという仕事は、依然として、企業法務(知財)の仕事です。この点に関する私の考えについては、『訴訟の技能』『訴訟の心得』において、簡単にお話をしています。
*5 (自称を含む)優秀な企業法務担当者が、現場を離れた法務や知財のマネジメント層から、あれこれ細かに指示や指摘をされると、「知りもしないくせに・・・。」などと思ってモチベーションが下がってしまうということは、良くあることではないでしょうか。自分がされて嫌なことは、他人にもしない方が良い、というのは、ここでも当てはまる気がします。
*6 この点、誤解のないように補足をしますと、本発言者のAさんは、「法律事務所の中で何をやっていて、それがどういう仕組みに基づくものなのかという解説として本書を読むと、法務としての幅が広がると思います。」と言っていますので、「丸投げしない。=訴訟代理人にあれこれ指示や指摘をしろ。」というご趣旨のご発言ではないと理解しています。
*7 このあたりは当然として、さらにと言われると、まぁ、そうかもしれませんが・・・。
*8 ちなみ、この文章を正しく理解するためには、楠木教授が「不遇は不才」ということを述べていることを予め理解しておく必要があります。要するに、ある世界において不遇の状態であるということは、その世界においては才能がないということです。訴訟代理人として極めて優秀な弁護士さんなのであれば、何もわざわざ企業内弁護士になる必要はない、ように思いますし、この点、百歩譲ったとして、企業内弁護士さんは別にしても、きちんとした訴訟遂行能力に関する教育を受けていない、いわゆる企業内法務担当者には、「不遇は不才」ということばが、間違いなく当てはまるように思います。
*9 餅は餅屋。何事においても、それぞれの専門家にまかせるのが一番良いということのたとえ。また、上手とは言え素人では専門家にかなわないということのたとえ。 -「故事ことわざ辞典」より- 注記するまでもないかも知れませんが・・・。
*10 例えば、若くてポテンシャルのある弁護士さんに訴訟を依頼するときは別、といった話があることは理解しているつもりです。。。その場合でも、ある程度は、任せた方が成長は早いかと・・・。