前回に続いて、『2016年に買って読むぞ!法務(知財)のためのブックガイド』で、2016年に読む予定リストに入った訴訟関連の書籍、『訴訟の技能 − 会社訴訟・知財訴訟の現場から』についてです。


前回紹介した『訴訟の心得』よりも企業の法務部門又は知財部門で訴訟を担当する方々向けの本だと思います。
というのも、『訴訟の心得』は、訴訟の経験がまだ少ない代理人として訴訟を担当する弁護士さん向けの内容も多く含まれているため、直接裁判所と相対することを踏まえた記述が多いのですが、それに比べると、『訴訟の技能 − 会社訴訟・知財訴訟の現場から』は、間接的に、つまり代理人である弁護士さんを通して裁判所と相対することが多い企業の法務部門や知財部門の訴訟担当者にとって役立つ記述が多いと思うからです。

本書は、『訴訟の心得』とは異なり、単一の著者によるものではなく*1、元名古屋高等裁判所長官で現在は、アンダーソン・毛利・友常法律事務所門口正人弁護士中村・角田・松本法律事務所中村直人弁護士潮見坂綜合法律事務所末吉亙弁護士、元裁判官で現在は潮見坂綜合法律事務所佐藤久文弁護士の4名による対談(座談会)と、それぞれのお立場から書かれた4つの論考*2から構成されており、裁判官と弁護士のそれぞれの考えを知ることができる点でも優れていると思います。

特に、元名古屋高等裁判所長官で現在は、弁護士をされている門口正人さんのお話は、裁判官の方が訴訟においてどのように考え、心証を形成されるのか、非常に興味深かったです。

例えば、門口弁護士は、裁判官の心証形成の初期段階において、どのような行為が意識的に、または無意識に行われるかを次のように説明しています。
訴訟の過程に応じて見ますと、事件が来ますと、その事件のスジやスワリなどをある程度察知、判断するのは間違いありません。この判断は、各裁判官の経験と知見、信条のあり様、あるいは普段の生活におけるアンテナの張り方によって異なるものです。裁判官は、多数の事件を抱えているものですから、マネジメントの観点から、ある程度事件の振り分けや仕分けをします。これは、審理の計画を立てる上においても必要です。その意味で、早期の段階でスジやスワリの感覚による選別が、意識をしなくともされていると言えます。(32頁)

そして、
主張整理、争点整理の段階では、これまでの感覚によって抱いていた印象が、主張の応酬等によって、紛争の背景や主張の整合性を認識するに伴い、厚く方向づけされてきます。(32頁)<略>
そして、いざ証拠調べに入って、証拠と照らして、各主張事実に対して真偽が確認されていくのですが、ここで真の心証形成が始まるといってよいでしょう。最初の主張段階から裁判官の抱いている仮説がどんどん検証されていって、形を変えつつより合理的なところに落ち着いていくという過程を経て心証が形成されていくのではないかと思っています(33頁)
として、訴訟の段階に応じて、どのように心証が形成されていくかを分かり易く説明されています。

さらに、事実認定における要件事実による主張とそれに対する立証とストーリーの関係を明らかにしたうえで、事実認定におけるストーリーの使い方にまで踏み込んで次のようなコメントをされています。
ストーリーの合理性ということは、最近でこそよく言われますが、その作用する場面が異なるだけであって、結局は、従来言われていたスジとかスワリと同義ではないでしょうか。<略>
スジとスワリの判断自体が裁判の過程において、どんどん動くべきものでしょうし、逆にスジとかスワリというものを固定化して考えるのが一番危険だと思いますね。<略>
事実認定という場合に、やはりそのベースにあるのは要件事実による主張と、それに対する立証だと思うのです。主張と立証を重ねていって、展開された主張あるいは認定されつつある事実の合理性、あるいは自然さというものが出てくると思うのですが、ストーリー性を過度に重視して茫漠としたままで括ってしまうと、緻密な認定ができない可能性がありますし、非常に安直な口当たりの良いストーリーに乗っかりやすい危険があり、固定化するおそれがあると思うのですね。そういう意味では、裁判官自身が常に心しておかなければいけないのは、世の中の事象が千差万別で、逆説的ですが、そんなにきれいなストーリーというのはあるはずがないということです。このことを心の片隅にでも置いておかないと、ストーリーの心地よさに騙されてしまうことになりかねない。やはり、主張ごとに事実を愚直に認定するという作業が前提にあって、その上で最終的に総合チェックするときにストーリーを使うということになってくるのではないかと思うのです。(34頁)
非常に分かりやすい、優れたご指摘だと思います。
企業の法務部門や知財部門にいて訴訟を担当していると、分かりやすさや説明のし易さから、ついつい、きれいなストーリーを組み立て、そればかり使って経営層に説明してしまいますが、足元(証拠に基づく事実)を固めないと危ないですね(気をつけねば・・・。)。

ところで、サブタイトルに『会社訴訟・知財訴訟の現場から』とあるとおり、本書は、「会社訴訟」を専門とする中村直人弁護士と「知財訴訟」を専門とする末吉亙弁護士とが、専門とする訴訟の違いを踏まえたお話をされている点も非常に興味深かったです。

ただ、私は、会社訴訟の経験が全くなく、訴訟と言えば、主に「知財訴訟」の担当やマネジメントしていますが*3、実は、末吉先生のお話より、中村先生のお話に共感することが多かったです*4

たとえば、中村先生は、訴訟に関する会議の主催について、次のようなお話をしています。
第3 会議の主催の仕方
1 会議の主催者は誰にするべきか?
文献などでは誰も指摘しないのであるが、会議の主催が適切にできるかどうかというのは、弁護士の力量、評価を決める最も重要な要素ではないかと思う。
訴訟関係の会議を依頼者等と開催する場合、弁護士はどういう立ち位置か。
大きく分けると2つの立ち位置があり、弁護士が主導して会議を主催し、事実の調査、法律論の展開、書面の起案・遂行をし、依頼者には必要な調査や、社内調整、訴訟の見込みとそれらの対応などを明確に指示していく方法がまずある。
他方、弁護士は受け身で、依頼者が整理をしてきた事実関係の調査報告を聞き、質問をし、依頼者には質問されたことにだけ回答し、事案のハンドリングは依頼者側ですべてしてもらうような方法もある。
昔は、訴訟弁護士というのは、前者に決まっていた。しかし、最近の企業訴訟では、後者の方法も多くなっているように感じられる。
弁護士が事案を主導した場合、もし敗訴すれば責任を追及されるのではないかとか、そういう心配があるのかもしれない。あるいはそもそも「こうすべきだ」というアドバイスをする自信がないのかもしれない。
訴訟に関しては、依頼者より弁護士のほうがはるかに専門家のはずである*5最近は、企業内弁護士も増加しているが、やはり訴訟経験をたくさん積んでいるのは訴訟弁護士の方である。勝敗の見極めや、勝つために必要な事項、負けないために必要な事項、そのための戦略の立て方、相手方の作戦を予測する能力などは、やはり弁護士の方が適している*6
したがって、訴訟に関する会議は、弁護士が主催して進めたほうが、適切で、かつ、効率的であると思う。そのリーダーシップがとれるかどうかは重要な技量であると思う。(152−153頁)

私が、今後も訴訟をお願いしようと思う代理人弁護士さんは、やはり、前者ですね。
後者のような代理人弁護士さんの場合は、おそらく次回からは依頼しないと思いますし、もしかすると、紛争の途中でも代理人弁護士さんを変更することもありえます*7
理由は、いろいろありますが、前回お話をしたことの関係でいうと、展開や見通しなどを示して頂けないと良い訴訟弁護士先生かどうかが評価ができないから、ということもあります。

もちろん、戦略や方針も含めて最終的な判断や意思決定は、(法務部門や知財部門自ら又は法務部門や知財部門経由で経営判断を仰ぐにしろ)企業側がするべきですし、しないといけませんが、その前提となる紛争の展開予想や見通し、それに伴う選択肢を提示して頂き、できれば見える化して頂かなければ、合理的で適切な判断や意思決定をすることができません。
そもそも、社内業務の単なるアウトソーシングではなく、社内ではできない専門家への付加価値提供の依頼ですから、企業の法務部門や知財部門を上回る、勝敗の見極めや、勝つために必要な事項、負けないために必要な事項、そのための戦略の立て方、相手方の作戦を予測する能力などを発揮して頂きたいと思っています。
もちろん、企業側が会議の主催に関することを訴訟弁護士さんに全面的にお願いし、なんら協力をしなくても良い、と言ってるわけではなく、企業側でも、企業側すべきこと、たとえば、立案・決定された戦略や方針に基づいて必要となる社内における証拠の収集、キーパーソンの決定・確保等、企業側で行うべきことを行い、適材適所の役割分担のもと、協働・協創して訴訟対応をしていくべきだと思います。

最後に、本書について、少し気になったことを一つだけ。
末吉先生のご発言は、会社訴訟と知財訴訟の対比を強調するためかもしれませんが、幾つかしっくりこないところがありました*8
ざっくりした感想をいいますと、中村先生が前者のような訴訟弁護士であるのに対して、末吉先生は後者のような訴訟弁護士なのかなと思いました*9
私の経験や感覚が間違っている可能性もありますので、是非、知財訴訟に関して、(本当の)知財訴訟専門の弁護士さん*10同士の対談(座談会)をして、書籍化して欲しいところです。

<評価> ☆☆☆☆☆
(企業において訴訟を担当している人向けの本として。また、訴訟代理をしてくださる弁護士さんを選ぶ際の参考書籍として。なお、本文中では触れませんでしたが、実は、法律調査の仕方やヒアリングの方法など、各種法務業務を行っている人にも示唆に富んだ役立つ情報があり、非常に有益な書籍です。)


<脚注>
*1 『訴訟の心得』は、単一の著者、中村・角田・松本法律事務所中村直人弁護士によるもので、個人的には、共感できることが多いのですが、それだけがすべてか?というと、そうではないでしょうから、元裁判官を含む4人の弁護士による『訴訟の技能 − 会社訴訟・知財訴訟の現場から』は、その点でも価値が高いように思います。
*2 最初に、門口弁護士が、『序章 訴訟の知恵と技術』を総論としてお書きになっていますので、正確には、5つの論考です。
*3 担当ないしマネジメントした知財関連の訴訟以外では、米国での製造物責任に関する訴訟と中国での労働契約に関する訴訟が、いろんな意味で記憶に残っています。これについては、いつかお話する機会があれば・・・。
*4 私は、会社訴訟は全く、機関法務はほとんどしないため中村・角田・松本法律事務所中村直人弁護士とは、一緒にお仕事をしたこともなければ、お会いしたこともないのですが、一度お会いしてみたいと思いました。まぁ、でも私の仕事との関係でいうと、案件の相談にはならないでしょうから、今のところ中村先生に私に会うメリットはないのですが・・・。
*5 そうでなくては困ります。。。自らを卑下するわけではありませんが、純粋な(つまり、元訴訟弁護士でない)企業の法務部門や知財部門の訴訟担当者が、自分は訴訟に詳しいとか、訴訟そのものをハンドリグできる、と考えるのは間違いかと。企業の法務部門や知財部門の訴訟担当者を超える付加価値を提供できる弁護士さんに依頼すべきだと思います。
*6 そもそも、社内業務の単なるアウトソーシングではなく、社内ではできない専門家への付加価値提供の依頼ですから、企業の法務部門や知財部門を上回る、勝敗の見極めや、勝つために必要な事項、負けないために必要な事項、そのための戦略の立て方、相手方の作戦を予測する能力などを発揮して頂きたいと思っています。
*7 訴訟の途中で代理人である弁護士さんを変えるは、実際上は、これまでの弁護士さんとのお付き合いの問題、サンクコストの問題等があって、容易ではないのですが、私は、一度だけしたことがあります。
*8 潮見坂綜合法律事務所末吉亙弁護士とは、末吉先生が森・濱田松本法律事務所に所属されていたころに少し(世間)話をさせて頂いたことがあります。もちろん、末吉先生は、私のことなど忘れているでしょうけど(笑)。その後独立されて、現在の潮見坂綜合法律事務所のパートナーになられてから、実は、訴訟の相手方にとしてお会いしたことがあります。もちろん、末吉先生は、私のことなど忘れているでしょうけど(苦笑)。2つの訴訟を最終的には高裁まで争い、戦績は、1勝3敗(地裁2敗、高裁1勝1敗)なので、これだけ見ると、やはり、私の経験や感覚が間違っている可能性の方が高そうですが・・・。
*9 中村先生が肯定されている定量的な分析、すなわち『正確な見通しを説明すれば、顧客は、勝訴した場合のメリットと敗訴した場合のデメリットに、その勝訴率をかけ算して、期待値を算出することができる。それ以外の営業上の要素などを考慮して適切に提訴の有無や方針などを判断できるようになる。『訴訟の心得』(44頁)』という点について、末吉先生は、『一番困るのは確率なのです。「何割勝てますか」とお聞きになるお客様が非常に多いのですが、それは勘弁いただいて、事件の見立てを愚直に説明します。『訴訟の技能』(25頁)』として、「その勝訴率をかけ算して、期待値を算出する」ことを嫌がる弁護士さんのお一人になっています。
*10 個人的には、知財訴訟の専門家弁護士ということで高橋雄一郎弁護士に是非対談して欲しいと思っています。なお、伝聞ですが、もちろんソースは明かせませんが(笑)、高橋先生曰く「本を書くのは、本業が暇な弁護士。なので、私は書かない(書けない?)。」ということですが、座談会ならどうでしょうか?
ところで、ブログを書く暇のある私は、「本業が暇な法務知財部員(?)」(苦笑)
ブログがアップされているときに、本業が暇なことは否定できない、のが辛い。。。