前回、「経営学において知的財産権や知財戦略は端役(笑)な気がしています。」という話をしましたが、端役の理由は幾つか考えられます。
まず最初に、知財部員の想いとは異なり、実は、
①知的財産権やそれを活用する知財戦略は、ほとんど経営に貢献しないから、という理由が考えられます。
これは、ある日本企業の2009年から2014年までのPCT出願公開数と順位の推移です*1。
もちろん、特許の出願件数だけで判断をすることはできませんが、知的財産部をはじめとして、この会社で知財に関わる人たちは、業績を良くするため、経営に貢献するため、知財に関する活動をしていたと思います。
しかしながら、知的財産権やそれを活用した知財戦略で会社を救うことはできませんでした。
皆さんもご存知のとおり、この会社は深刻な経営危機に陥り、2016年には台湾企業の鴻海精密工業が経営再建のため約66%の株式を取得し、日本の大手電機メーカーとしては初の外資傘下のとなりました*2。
だからといって、「知的財産権やそれを活用した知財戦略は、ほとんど経営に貢献しない。」という結論は、正しくないと私は思います。
そうではなく、「知的財産権やそれを活用する知財戦略によって経営に貢献することは容易ではないが、やり方によっては貢献することができる。」というのが正しい評価であると考えています。
理由は、『インビジブル・エッジ』において紹介されているクアルコムのように知財専業と言われる高収益企業が存在していること*3、そして、もう一つは、キヤノンです。
特許戦略で著名なキヤノンを改めて見直すことになったのは、三品和広教授の『経営戦略を問いなおす』において、「10年単位で実力値を着実に向上させていく。そんな戦略が見事に機能している例は、たとえばキヤノンに見ることができます。」として、同業のミノルタとは異なる好業績をあげているキヤノンについての記述を読んだことがきっかけです。
キヤノンについては、話が長くなってしまうため、別の機会に改めて詳しい話をしたいと思います。
さて、少なくとも、「知的財産権やそれを活用する知財戦略によって経営に貢献することは容易ではないが、やり方によっては貢献することができる。」というのであれば、もっと研究の対象となっても良いはずです*4。
なのに何故、端役なのでしょうか。
もうひとつの端役となっている理由として、
②経営学者や経営者などの経営サイドの人間が、知的財産権や知財戦略まで手が回っていないから、ということが考えられます。
この点については、フィリップ・コトラー教授とヴァルデマール・ファルチ教授の『Ingredient Branding: Making the Invisible Visible』の日本語版『コトラーのイノベーション・ブランド戦略』の訳者である杉光一成教授が、コトラー教授と『マーケティング・ツールとしての知的財産』についてお話をされた際に、「知的財産はマーケティングから見て”neglected area”であったが,これからはマーケティングの教科書の中でも知的財産をより積極的に扱っていくべきだと考えている。」等のコメントをコトラー教授から頂いたという興味深い記述がありました。
少なくともマーケティングの分野において、最も定評のあるマーケティングに関する教科書*5を書かれているコトラー教授が”neglected area”であったとおっしゃっている以上、「マーケティングとの関係で知的財産の研究が十分になされているような状況ではない。」といって良いように思います。
そして、ここからは推測になりますが、マーケティングよりも研究者の少ない経営学の一分野であるビジネスモデルにおいて、知的財産まで視野にいれた研究は未だされていないように思います。
「持続的な競争優位を確保するための手段」であると考えられている知的財産ですら、このような状況であること考えると、本来の役割が「リスクヘッジ」ないし「リスク・コントロール」であると考えられている法務が「持続的な競争優位を確保するための手段として契約等を活用する。」という視点は全くと言っていいほどなく、それに対する研究もなされていないように思います。
ビジネスモデルを構築し、構築されたビジネスモデルを維持し継続的に強化していくために、知的財産はもちろんのこと契約等の法務的な観点からの検討を行うことは、今までにない新しい価値を創ることができる試みであり、実際の活用事例について仮説を織り交ぜながら、いろいろと考えていきたいと思っています。
<脚注>
*1 出典はこちら。『大量に特許出願しても、経営危機に陥った企業に学ぶ』
*2 鴻海精密工業、シャープの買収手続き完了。
*3 「クアルコムを理由にするなんて、極端。。。」と言われるかもしれませんが、極端な方が、知的財産権やそれを活用する知財戦略の経営への貢献が分かりやすいと思い、あえて理由にしました。だって、知財だけで高い業績をあげることができるのですから、さらに価値のある事業を知財と組み合わせたら、より高い業績があげられるはずです。それが、できないのは、組み合わせ方が間違っているからに違いありません。
*4 むしろ、研究の対象としては、面白いはずです。やれば誰でも成果がでるわけではなく、やり方に工夫が必要なわけですから。まぁ、だからこそ、私はテーマとして選んだわけですが・・・。
*5 マーケティング界の巨匠であり、皆さんもご存知のPhilip Kotler(フィリップ・コトラー)教授は、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院SCジョンソン特別教授で、1967年に初版が発行されて以来、数年に1回の改訂を経て、『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版』という、おそらく世界で最も定評のある「マーケティング理論の体系書」を書かれています。その著者であるコトラー教授が、”neglected area”と言ったのであれば、間違いなく”neglected area”なのでしょう。
当然のことながら、これに反論する能力も資料も私は持ち合わせておりません。。。
①知的財産権やそれを活用する知財戦略は、ほとんど経営に貢献しないから、という理由が考えられます。
これは、ある日本企業の2009年から2014年までのPCT出願公開数と順位の推移です*1。
PCT出願公開数 | 順位 | 2009年 | 997件 | 10位 |
2010年 | 1287件 | 8位 |
2011年 | 1757件 | 4位 |
2012年 | 2002件 | 3位 |
2013年 | 1839件 | 6位 |
2014年 | 1227件 | 14位 |
もちろん、特許の出願件数だけで判断をすることはできませんが、知的財産部をはじめとして、この会社で知財に関わる人たちは、業績を良くするため、経営に貢献するため、知財に関する活動をしていたと思います。
しかしながら、知的財産権やそれを活用した知財戦略で会社を救うことはできませんでした。
皆さんもご存知のとおり、この会社は深刻な経営危機に陥り、2016年には台湾企業の鴻海精密工業が経営再建のため約66%の株式を取得し、日本の大手電機メーカーとしては初の外資傘下のとなりました*2。
だからといって、「知的財産権やそれを活用した知財戦略は、ほとんど経営に貢献しない。」という結論は、正しくないと私は思います。
そうではなく、「知的財産権やそれを活用する知財戦略によって経営に貢献することは容易ではないが、やり方によっては貢献することができる。」というのが正しい評価であると考えています。
理由は、『インビジブル・エッジ』において紹介されているクアルコムのように知財専業と言われる高収益企業が存在していること*3、そして、もう一つは、キヤノンです。
特許戦略で著名なキヤノンを改めて見直すことになったのは、三品和広教授の『経営戦略を問いなおす』において、「10年単位で実力値を着実に向上させていく。そんな戦略が見事に機能している例は、たとえばキヤノンに見ることができます。」として、同業のミノルタとは異なる好業績をあげているキヤノンについての記述を読んだことがきっかけです。
キヤノンについては、話が長くなってしまうため、別の機会に改めて詳しい話をしたいと思います。
さて、少なくとも、「知的財産権やそれを活用する知財戦略によって経営に貢献することは容易ではないが、やり方によっては貢献することができる。」というのであれば、もっと研究の対象となっても良いはずです*4。
なのに何故、端役なのでしょうか。
もうひとつの端役となっている理由として、
②経営学者や経営者などの経営サイドの人間が、知的財産権や知財戦略まで手が回っていないから、ということが考えられます。
この点については、フィリップ・コトラー教授とヴァルデマール・ファルチ教授の『Ingredient Branding: Making the Invisible Visible』の日本語版『コトラーのイノベーション・ブランド戦略』の訳者である杉光一成教授が、コトラー教授と『マーケティング・ツールとしての知的財産』についてお話をされた際に、「知的財産はマーケティングから見て”neglected area”であったが,これからはマーケティングの教科書の中でも知的財産をより積極的に扱っていくべきだと考えている。」等のコメントをコトラー教授から頂いたという興味深い記述がありました。
少なくともマーケティングの分野において、最も定評のあるマーケティングに関する教科書*5を書かれているコトラー教授が”neglected area”であったとおっしゃっている以上、「マーケティングとの関係で知的財産の研究が十分になされているような状況ではない。」といって良いように思います。
そして、ここからは推測になりますが、マーケティングよりも研究者の少ない経営学の一分野であるビジネスモデルにおいて、知的財産まで視野にいれた研究は未だされていないように思います。
「持続的な競争優位を確保するための手段」であると考えられている知的財産ですら、このような状況であること考えると、本来の役割が「リスクヘッジ」ないし「リスク・コントロール」であると考えられている法務が「持続的な競争優位を確保するための手段として契約等を活用する。」という視点は全くと言っていいほどなく、それに対する研究もなされていないように思います。
ビジネスモデルを構築し、構築されたビジネスモデルを維持し継続的に強化していくために、知的財産はもちろんのこと契約等の法務的な観点からの検討を行うことは、今までにない新しい価値を創ることができる試みであり、実際の活用事例について仮説を織り交ぜながら、いろいろと考えていきたいと思っています。
<脚注>
*1 出典はこちら。『大量に特許出願しても、経営危機に陥った企業に学ぶ』
*2 鴻海精密工業、シャープの買収手続き完了。
*3 「クアルコムを理由にするなんて、極端。。。」と言われるかもしれませんが、極端な方が、知的財産権やそれを活用する知財戦略の経営への貢献が分かりやすいと思い、あえて理由にしました。だって、知財だけで高い業績をあげることができるのですから、さらに価値のある事業を知財と組み合わせたら、より高い業績があげられるはずです。それが、できないのは、組み合わせ方が間違っているからに違いありません。
*4 むしろ、研究の対象としては、面白いはずです。やれば誰でも成果がでるわけではなく、やり方に工夫が必要なわけですから。まぁ、だからこそ、私はテーマとして選んだわけですが・・・。
*5 マーケティング界の巨匠であり、皆さんもご存知のPhilip Kotler(フィリップ・コトラー)教授は、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院SCジョンソン特別教授で、1967年に初版が発行されて以来、数年に1回の改訂を経て、『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版』という、おそらく世界で最も定評のある「マーケティング理論の体系書」を書かれています。その著者であるコトラー教授が、”neglected area”と言ったのであれば、間違いなく”neglected area”なのでしょう。
当然のことながら、これに反論する能力も資料も私は持ち合わせておりません。。。
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