前回に続いて、オープンイノベーションの法的リスク③です。

オープンイノベーションにリスク、特に法的なリスクはないのでしょうか?


本当の意味でのオープンイノベーションの手法を採用した場合、通常の取引と比較して、業務を行う上でのコミュニケーションコストや管理コストが増加していることがほとんどです。
なお、ここでいう本当の意味でのオープンイノベーションとは、これまで取引関係にあった既存の企業との協業ではなく、新規であり、かつ、業界が異なる企業との協業を意味します。

本当の意味でのオープンイノベーションの手法を採用した場合に生じるコミュニケーションコストや管理コストの増加こそが、オープンイノベーションのリスクなのです。

オープンイノベーションの手法を採用した場合、自社以外のリソースを使うわけですから、いわゆる社風や社内文化に違いがあることはもちろん、社内の共通言語である社内用語も違い、その分、コミュニケーションコストはあがります。
また、業界をまたいでオープンイノベーションの手法を採用した場合には、業界慣行という名のコミュニケーションコストを削減する方法も使えません。
さらに、国をまたぐ場合には、日本的な系列に基づいた社会構造(例えば、多重請負構造)の中で、中長期的な取引を前提として、コミュニケーションコストを(ほとんど)かけずに契約条件を決める(無理な要求を取引先に飲ませる)といったこともできない可能性が高く、そういった観点からもコミュニケーションコストはあがります*1
そして、コミュニケーションコストがあがるということは、当然、様々な管理コストもあがります。

様々な管理コストのうち、最も管理コストがあがると思われるのが、オープンイノベーションの手法を採用してビジネスが成功したときです*2
ビジネスの成功により、生じた成果の配分を巡って問題が発生することも多く、これも重要なオープンイノベーションのリスクであり、法的リスクでもあります。
また、オープンイノベーションの手法を採用した共同研究開発を行い、そこで生じた成果(知的財産を含む)の帰属や実施権許諾の範囲などをどのようにするかといった調整コストも共同研究開発契約締結時に行うことになりますが、これも管理コストであり、法的リスクでもあります*3

これらのコミュニケーションコストの増加という問題点については、実は、契約を担当している法務部員は、間接的かもしれませんが、実体験としてほとんどの方が経験しているのではないでしょうか。
ある取引ないし業務がオープンイノベーションの手法を採用しているかどうかはさておき、業界をまたぐ契約や国をまたぐ契約の場合は、契約交渉に時間がかかるといった経験をしていると思います。
これは、契約締結までのコミュニケーションコストがあがっていることの良い例だと思います。

経営学的な観点からオープンイノベーションの手法を採用することが正しくとも、あがってしまうコミュニケーションコストへ適切に対応できないと、オープンイノベーションの手法が採用されなくなってしまいます*4
従って、通常の取引とは異なる方法で、コミュニケーションコストを下げる方法を提示することが、これからの法務にとって重要な仕事になる気がしています*5


(追記)
『オープン・サービス・イノベーション 生活者視点から、成長と競争力のあるビジネスを創造する』で紹介されている、「カスタム化したフロントエンドと標準化したバックエンドの組織」「顧客との共創」というキーワードがヒントになりそうです。


<脚注>
*1 これらに加えて、国をまたぐ場合は、言語上の問題もあり、さらにコミュニケーションコストはあがります。
*2 前回お話しをしたとおり、オープンイノベーションの手法を採用してビジネスが失敗した場合というのは、コストを抑えて、早く(失敗という)結果を出すことができ、ビジネスはそこで終わるため、ある意味、想定の範囲内のリスクしか負っていません。それよりも、オープンイノベーションの手法を採用してビジネスが成功した場合の方が、ビジネスが継続している分、想定外のリスクが生じる可能性があり、引き続きそのリスクをヘッジしコントロールしていく必要があります。
*3 共同研究開発契約締結時に、具体的に、どのような管理コストがかかるのか、アライアンス(提携)契約と知財戦略①において、その一例を知ることができます。
*4 特に、日本企業や日本人にとっては、コミュニケーションコストがあがることに対して、免疫がないというか、それに対応せざるを得ない経験を積んでいない、若しくは、経験を積む機会が極めて少ないため、適切な対処方法を学んでいない気がします。もちろん、私のことはさておき、であり、私も多くの日本人の例に、漏れていない可能性が高いですが。。。
*5 日本人が高コストなコミュニケーションに慣れる、耐性をつける必要もあると思います。