今日は、契約法務のレベルについてのお話です。
法務のキャリアアップとも少し関係しています。


契約法務におけるレベルを業務範囲という観点ではなく、経営戦略ないし事業戦略との適合性という観点からレベル分けをしてみたいと思います。

契約法務において、法務部員の能力は次のようにレベルアップしていくように思います。
①法律知識の獲得
②リスクの発見
③リスクヘッジ・コントロール案の提示
④リスクの評価・取捨選択
⑤経営戦略・事業戦略にあった契約書案等の提示

①法律知識の獲得
法務が契約書を確認するのは、その契約書に法的なリスクがあるかどうかを発見するためです。従って、まずは、法的リスクを発見できる、法律知識が必要になります。
第1段階は、契約法務において必要な法律知識を獲得する、という段階です。

②リスクの発見
第2段階は、獲得した法律知識を活用して、契約書上の法的なリスクを抜け漏れなく発見できるようになる、という段階です。*1

③リスクヘッジ・コントロール案の提示
第3段階は、法的なリスクをビジネスサイドに伝えるだけでなく*2、発見した法的なリスクに対して、リスクヘッッジ案やリスクコントロール案を提示できるようになる、という段階です。
「リスクがあります。」というだけでは、ビジネスサイドから(法務の仕事の意義や重要性は)理解されないことの方が多いです。理解されないどころか、嫌がられる可能性もあるため、法務が適切な解決策を提示することは、今では、通常(必須?)のことだと思います*3

④リスクの評価・取捨選択
第4段階は、リスクを適切に評価し、リスク間の優先順位をつけられるようになる、という段階です。
ここでは、「リスクヘッジ・コントロール案の提示」よりも「リスクの評価・取捨選択」の方が一段上のレベルと位置づけました*4
個人的には、この第4段階に進めるかどうかが、前回の基準でいう、初級から中級へ進めるかどうかのレベルと同じであると考えています*5
リスクを評価することなく、一見リスクと見えることをリスクとして列挙するだけでなく*6、リスク間のプライオリティを適切につけることが重要です。
そして、このリスク評価・取捨選択は、第3段階と密接に連動しており、適切にリスクを評価し、取捨選択できて初めて、質の高いリスクヘッジ・コントロール案の提示ができるようになる、という関係にあります。
そして最終的には、法務部門のリスク評価・取捨選択に基づいて、ビジネスサイドが「リスクをとる。」という判断を適切に行えるような提案ができるようになる必要があります*7

⑤経営戦略・事業戦略にあった契約書案等の提示
第5段階は、経営戦略や事業戦略に合致している契約書案等の提示(リスクの提示、リスクヘッジ・コントロール案の提示、解決策の提示を含む)ができるようになる、という段階です。
これは単に個々の契約書の個別の条項の経営戦略や事業戦略との適合性の問題だけではなく、一連の契約締結行為の経営戦略や事業戦略との適合性の問題も含みます。

この第5段階における「一連の契約締結行為の経営戦略や事業戦略との適合性」の問題については、次回、具体例をとおして詳細な説明をしてみたいと思います。

~ つづく ~


<脚注>
*1 法的リスクといっても、純粋に法的なリスクと言えるかどうかは微妙な場合があります。むしろ、ビジネスリスクと無関係な法的リスクはほとんどないように思いますので、概念的には、「法務が契約書を確認するのは、その契約書に法的なリスクがあるかどうかを発見するため」と言えますが、実際は、ビジネスリスクをも見ていると言った方が良いかもしれません。
*2 適切にリスクがあることを伝えると、自ら修正案や解決策を考えるビジネスパーソンがいないわけではありませんが、ほとんどのビジネスパーソンは自ら修正案や解決策を考えたりはしません。これができて、しかも、その修正案ないし解決策が優れている、というのは、本当に優秀なビジネスパーソンです。法務案より優れているケースもあり、そのときは尊敬の念とともに・・・法務の存在意義を問われているようで、ほんとやばいです(苦笑)。
*3 たとえ、その提案がビジネス的なものであったとしても・・・。まぁ、これこそが、企業法務という企業内の法務部門が、外部の法律事務所等と比較して差別できる重要なポイントではありますが・・・。そして、第3段階と位置づけましたが、第4段階、第5段階とレベルがあがるにつれて、経営戦略や事業戦略との適合性という観点から適切となるリスクヘッジ・コントロール案は異なるため、この段階で終わり、というものではありません。
*4 この第4段階は、実際は、第3段階と同時に行われるようになることが多いと思います。法務部員が、リスク間の優先順位をつける、すなわち、「リスクを取る。」という判断につながる評価をする以上、第3段階よりもレベルは高い、と判断をしました。
*5 法律知識も身につき、日々の仕事を通じてノウハウも蓄積してきました。その結果、契約書上のリスクを抜け漏れなく発見し、ビジネスサイドに提示できるようになります。ところが、これが行き過ぎ、実務上ほとんど起こり得ないリスクをことさらリスクがあると指摘したり、「リスクのないビジネスはない。」という前提を忘れてしまって、過度なリスクヘッジ・コントロールをビジネスサイドに提示し対応を求めだすと、ビジネスサイドから大きな揺り戻しがきたりします(苦笑)。ここで法務部員は、法務の仕事はリスクを提示することであり、リスク評価と判断はビジネスとの関係で決まる以上、ビジネスサイドがすべきと腹を括り、第3段階にとどまるという選択肢もあります。この判断が正しいとか、間違っているとか、ここではその点には触れず、経営戦略ないし事業戦略との適合性という観点から、第4段階というレベルを提示しています。
ただ、一つだけいえることは、ここでいう第4段階に進むという判断をしたときには、今までにない新たな苦悩と法務部員は向き合わざるを得なくなります。が、この話は、また、機会があれば・・・。
*6 「一見リスクと見えることをリスクとして列挙」していると、法務部員が自身のリスクをヘッジしているだけに、特にビジネスサイドから見られることがあります。たとえ、それが真実でなかったとしても・・・。それが真実だったりすると、最悪ですが(苦笑)。
*7 もちろん、ビジネスサイドがリスクを取らなくても、永続的に収益が拡大していく企業の法務部員は別ですが・・・。なお、「ビジネスサイドがリスクをとる。」という判断を適切に行えるようにするだけでなく、法務部員自身が発見したリスクを評価した結果、自らリスクを取るという判断を行い、ビジネスサイドに伝えない、リスクヘッジやリスクコントロールは不要と伝える、という段階もあるため、この点も考慮して第4段階としています。