『特許調査入門 改訂版 サーチャーが教えるJ-PlatPat』
前回お話をしたとおり、これから数回に分けて、特許調査に関する書籍を紹介していきたいと思います。
まず、最初にご紹介するは、こちら。
著者は、スマートワークス株式会社代表の酒井美里さんです。


本書の素晴らしさは後ほどゆっくり書くとして、まずは著者の酒井さんから。酒井さんといえば、2007年に開催された第1回特許検索競技大会の優勝者であり、ご存知の方も多いと思います。また、日本知的財産協会の定期研修『特許情報と特許調査(実践)』の講師をされており、実際に、研修を受けられた方も多いと思います*1

そんな酒井さんですが、もともと本書の前に、『特許調査入門 サーチャーが教えるIPDLガイド』という特許電子図書館(=IPDL)を徹底活用するための本を執筆されておりました。
そして、今年2015年の3月から、IPDLに変わってJ-Platpatがサービスインし、それに合わせて執筆されたのが本書(J-Platpat版)になります。

したがって、本書のメインの想定読者層は、J-Platpatを使って特許調査をする方です。
また、J-Platpatの画面を多数引用しながら、その操作方法、検索方法を丁寧に説明していますので、基本的には、J-Platpatで初めて特許調査をするような入門者から初級者向けの本です。

ただし、決して純粋な入門者から初級者向けの本ではなく、第1章の『基礎編』から第2章『実務編』、そして第3章『応用編』に進むにつれて、基本的な知識のある実務者向け、そして、知財専門職向けと内容が高度化していきます。
また、本書には、様々なTipsが散りばめられており、中級者くらいまでを想定読者にしているようにも思います*2

ところで、特許調査中級者ともなると、既に会社等に商用データベースが導入されており、それを使ってる方も多いように思います。そのため、中級者の方からは、「今さら、IPDL(J-Platpat)?」とおっしゃられる方もいらっしゃるように思います*3
確かに、J-Platpatでは、1000件以上の一覧表示や詳細表示はできませんし、集合間演算もできません*4
そのことは、著者の酒井さんも認めておられます。

しかしながら、酒井さんは、特許検索を次の3つのタイプに分け、
①存在を知っている、または必ずあるはずの検索
②予備的知識を得るための検索
③網羅的・徹底的に調べる検索
このうちの①と②については、J-Platpatで十分対応可能だとされています*5

ここからは、私見になりますが、社内には、何らかの理由で*6、商用データベースを利用することができない方もいらっしゃると思います。
そのような場合は、やはり、IDなし、パスワードなし、そして無償のJ-Platpatを利用するのが効率的であり、最も現実な解になると思います。
また、上記の3分類を前提にすると、③は知財部等の専門部署が商用データベースを使った調査をするけど、①や特に②については、研究開発者等に、無償のJ-Platpatを使って行って欲しい、といった場合、研究開発者向けの社内研修等で、J-Platpatの使い方を説明する必要があると思います。
したがって、知財専門職の人にとっては、研修や研修内の質疑応答の事前準備のために、本書は活躍するように思います。

それから、もう一つ、本書には、知財専門職の人にとっても、示唆に富む内容が書かれていると思います。
それは、データベースを調査で使いこなすためには、ここまでデータベースの特性等を知り、理解する必要がある、ということを本書が教えてくれていることです。
一例をあげると、例えば、J-Platpatには、いわゆるSDI調査*7といった機能はありません。
でも、酒井さんかかれば、(SDI調査の機能を持つ商用データベースよりも手間はかかりますが)検索方法を工夫することで、実質的にSDI調査と同じことができるようになりますし、公開公報をSDI調査している場合には検索漏れを起こしてしまう公開前登録の調査をJ-Platpatを使って簡単に行うこともできるようになります(その他のテクニックも含めて、詳しくは、本書をお読み頂ければと思います。)。

つまり、ここから学べることはと言うと、結局のところ、特許調査に利用するデータベースが、J-Platpatであろうと、その他の商用データベースであろうと、
①そのデータベースが持っているデータは何か?
②そのデータをどのような切り口(検索方法)で検索することができるのか?
③検索方法によってどのようなデータが抽出され、または、抽出されないのか?
④いくつかの検索方法を組み合わせることによって、どんな調査ができるか?
といったデータベースの特性等を理解することが、実現したい調査目的を実現するためには必要なことであり、そのことを本書は教えてくれている気がします*8

というわけで、本書は、J-Platpatを利用して特許調査をされる入門者から中級者向けの本として、また、社内でJ-Platpatの利用方法に関する研修等を行う知財専門職向けの本として、お勧めの本だと思います。

それにしても、プロフェッショナルなサーチャーって、本当に凄いなと、職人の世界だなと、本書を読んで改めて実感させられました*9

<評価> ☆☆☆☆☆
(J-Platpatを利用して特許調査をされる入門者から中級者向けの本として。また、社内でJ-Platpatの利用方法に関する研修等を行う知財専門職向けの本として。
なお、データベースの特性を知りたい上級者向けの本としては、☆☆☆☆ と言ったところでしょうか。ただし、検索式の作成方法といった調査(検索)技術については、ほとんど書かれていません。)


<脚注>
*1 私も、知財協の『特許情報と特許調査(実践)』を含め、幾つかの研修を受講していますが、その度に、「プロフェッショナル」なオーラを感じています。
*2 本書に散りばめられているTipsの知識の量と質には、本当に驚かされるものがあります。
*3 IPDLから、初めて商用データベースを利用したとき、かなり便利で、格段に作業効率があがったことを今でも覚えていますが。。。
*4 他にも、検索結果リストが出力できないとか、連続印刷機能がないとか、各公報、各データの固定URLが提供されていないとかなど、J-Platpatではできないことがあります。
*5 だからこそ(J-Platpatに使い道があるからこそ)、酒井さんは、J-Platpatを徹底活用する本書を執筆されたのだと思います。ただ、検索履歴が漏れることを懸念して、J-Platpatでの検索はしない・・・。なんて、話を聞いたことがある気がしますが、信憑性はどうなんでしょう?ちょっと、私には分かりませんが、本当に漏えいリスクがあるのでしょうか?あるとして、どのくらい分かるものなんでしょうかね?
*6 何らかの、と言っても、まぁ、そのほとんどは予算的な理由だと思いますが・・・。
*7 SDI調査とは、Selected Dissemination Information の略で、一定の条件のもと、繰り返しで定点観測するように行う調査のことです。要するに、Patent Watching のための機能です。
*8 データベース、調査(検索)技術、法律(特許法)、そして技術の理解と、この4つが揃っていないと、本当に良い調査はできないように思います。なお、この4つの観点からすると、本書は、J-Platpatというデータベースの理解とそれを前提にした一部の調査(検索)技術について詳しくかかれていますが、検索式の作成方法といった調査(検索)技術、法律、技術そのものの理解については、ほとんど書かれていません。
*9 プロフェッショナルのサーチャーって本当に凄いですよね。私には、ちょっと無理です。。。やはり、特許調査は外部委託しようかな・・・(笑)。