MOT関連の本の2冊目は、一橋大学イノベーション研究センターのセンター長である延岡健太郎教授の『価値づくり経営の論理―日本製造業の生きる道』(2011)です。


本書では、そのタイトルからも分かるように、一貫して『価値づくり』の重要性を説いています。
『価値づくり』の『価値』とは『付加価値』であるとし、ここでいう『付加価値』とは、『顧客価値(ここでは便益、顧客が支払っても良いと思う価格)から、それを開発・製造するために必要とされるコストを差し引いたもの。つまり生産において新たに付け加えられた価値。産出額から原材料使用額などの中間投入分を差し引いたもの。』と定義しています(26頁)*1
『顧客価値』は、『機能的価値』と『意味的価値』から構成され、より重要なのは『意味的価値』であるとして、この『意味的価値』をつくりだす、『ものづくり』の重要性を説いています*2

一般論の部分に関しては*3、MOT初学者の私もほとんどは知識としては知っている内容であり*4、特に目新しいことはありませんでしたので、本書の想定読者のレベルは、初学者だと思います。

ただ、幾つか、なるほどと思ったことがあります。
例えば、
『営業利益は、人件費や研究開発費を無理やり削っても高くなるので、価値づくりの指標としては、営業利益よりも付加価値の方が適切だと考えている。』(26頁)

つまり、人件費や研究開発費を無理やり削って作られた営業利益よりも粗利や売上総利益を重視するということですが、企業が中長期的に成長していくためには、必要なことだと思います*5

また、
『意味的価値は主観的な価値だからこそ多くの顧客の共感を呼ぶ。ある商品が、気持ちが良かったり、楽しかったりという価値は、人種や文化を超えて普遍的な場合が多い。結果的に、世界中の顧客が同時に同じように強く意味づけをする。技術的な機能がもたらす直接的な価値と比較して、意味的価値は、顧客の気持ちの深層部分に訴えかける。気持ちの奥深い部分では、普遍的な価値が見出せる場合が少なくないということだろう。つまり、意味的価値は、うまく創り出せば*6、極めて普遍的な価値になり、多くの顧客を引き付けることができるのだ。』(124-125頁)
といったところです。

顧客価値に結びつく意味的価値とは何か?と言えば、それは人間の本質や文化的な背景を踏まえたものづくりができているかどうか、ということだと思います。
この点を組織的に解決しようと思えば、やはり、多様性がキーになるように思います。社内において、多様性を許容できる企業は、常識といった表面的な理解を超えて、人間の本質を理解する必要性が高いと思いますし、文化的な背景を理解し、それを踏まえた行動が必要になります。
社内における多様性のマネジメントは、商品・サービス開発にも応用できるように思います。
したがって、多様性の少ない日本企業にとって、多様性の確保は解決しなければならない最重要課題の一つだと思います*7

<評価> ☆☆☆
(初めてMOTを学ぶ社会人向けの本として。)

<目次>
第1章 日本企業低迷の本質とは
第2章 価値づくりができなくなった日本企業
第3章 求められるのは独自性と顧客価値
第4章 意味的価値の論理で差をつける
第5章 消費財を強化する意味的価値
第6章 生産財の魅力を高める意味的価値
第7章 模倣されない組織能力を構築する
第8章 積み重ね技術のマネジメントで価値を獲得
終章 価値づくりに向けて

~ つづく ~


<脚注>
*1 著者の延岡教授は、『付加価値』とは、『もっと単純に「粗利」や「売上総利益」と同様に考えても大きな違いはない。』としています。
*2 とはいえ、前半部分(第1章から第4章まで)が冗長で、ここまで書く必要があるのかちょっと疑問です。経営学がこういう性質ものなのか、単に著者の趣向(思考の現れ?)なのか、今の私には分かりませんが、少なくとも、前回紹介した『技術を武器にする経営 日本企業に必要なMOTとは何か』には、そのような記述はなかったと思います。
*3 第1章から第4章までが、一般論の部分で、ここでは図(グラフ)が多用されていますが、その図(グラフ)自体には論理に飛躍があるように思います。基本的には、あくまでイメージをつかむためのもので、こういう図(グラフ)の使い方が経営学においては一般的なものなのでしょうか。
*4 繰り返しになりますが、あくまでも、知識として知っているだけですので、一番重要な実務への具体的な落とし込みはできておりません。。。
*5 私の思い違いかもしれませんが、上場企業の経営者は、粗利や売上総利益よりも営業利益を重視している方が多いような気がします。なお、本書59頁にある財務省法人統計局の資料では、1989年から2009年までの付加価値率と営業利益率の推移を見ると、この理解はそれほど間違っていない気がします。。。
*6 『うまく創りだせば』というところが一番難しいのだと思いますが(笑)、延岡教授がおっしゃっていることは正しいように思います。『うまく創りだせば』、すなわち価値創造をうまく行うためには、技術はもちろんのこと、デザインやマーケティング、そして心理学の知見を活かすことも重要になるのでしょうね。
*7 同質的な価値観を持つ集団では、人間の本質や文化的な背景を踏まえたものづくりをするのは非常に難しいと思います。人間の本質や文化的な背景を踏まえたものづくりができないと、それを受け入れる顧客は非常に限定されてしまい、市場に広がりがないように思います。もしかすると、いわゆる日本のコンテンツ産業が、世界の一部の人々に非常に愛されつつも、広がりに欠けることと状況は同じかもしれません。