東京理科大学大学院イノベーション研究科の伊丹敬之教授と宮永博史教授の『技術を武器にする経営 日本企業に必要なMOTとは何か』(2014)を読みました。

この本が、MOT関連では最初に読んだ本になりますが、かなり良い本だと思います*1

本書の目的は、『技術経営(Management of Technology)とは何か、を入門的に解説すること。』とまえがきに書かれているとおり、MOTに関する書籍を初めて読む方にも馴染みやすいように、具体例を織り交ぜながら分かりやすい説明がなされています*2

第1部では、MOTとは、『イノベーションが興されていくプロセスを経営すること。』と定義したうえで、まずはじめに『イノベーション』と『経営』についての説明がなされます。

<イノベーションとは?>
『イノベーションとは、「技術革新の結果として、新しい製品やサービスを作り出すことによって人間の社会生活を大きく改変すること」である。』
『イノベーションとは、しばしば技術革新と訳されるが、新技術開発だけではイノベーションにならない。
『イノベーションとして結実するまでには、実は時間が長くかかる。』(8~9頁)

『そのプロセスは、次の三つのステップが段階を追って積み重なっていることが多い。』
として、以下の3つのステップあげています*3
 1.筋のいい技術を育てる
 2.市場への出口を作る
 3.社会を動かす』(10~11頁)

次に、<経営とは?>
『経営するということは、「他人を通じてことをなす」ことである。』
『経営する主体は、「組織の中のいろいろなレベルの人」であり、組織において「他人を通じてことをなす人」、すなわち各「組織のリーダー」ということになる。』(12~13頁)
としています。

以上を踏まえて、現時点で、本書について私が非常に興味深く感じたことを列挙していきたいと思います。

第2章 3つのレベルのMOTと現場の学習活動
『どのレベルのMOTにせよ、変わらない本質が一つある。最後の肝は同じである。それは、「他人にいかに適切な学習活動をやってもらうか」がMOTの本質だ、ということである。』(35頁)
『学習活動の本質は、それが自然からの学習であれ、顧客からの学習であれ、すべて「自学」なのである。』
『そこに、イノベーションプロセスのマネジメント、MOTのむつかしさの本質がある。学習活動とは、人が最終的には一人で行うもので、その自学のプロセスは誰にも「命令」できない。ふつうの仕事よりもはるかに、自由裁量の余地が大きい。成果も外からは測れないし、見えにくい。』
『だからこそ、ロードマップ、ステージゲートなどと外的に定型化し、観察可能なかたちにするような経営の手法が、究極的には大きな意味を持ちにくいのである。』(37頁)

第3章 研究開発で技術を育てる
『実は、研究と開発には違いがある。』
『「知の泉を汲んで研究し、実用化により世に恵みを具体的に提供しよう。」すなわち、研究とは知の泉を汲み出すこと、つまり、自然に学んで新しい知識を発見することであり、開発(実用化)とは新たに発見された知識を既存の知識と組み合わせて、人間に役立つ製品やサービスとして具体的に世の中に提供することである。研究は、失敗もありうるチャレンジであるのに対し、開発は失敗が許されないチャレンジである。』(41頁)

第4章 日々の仕事の仕方で、技術が育つ
『どんな仕事を自分がやるかが肝』
『「どんな仕事を自社、あるいは自組織が行うか」という、自分でする仕事と他人に任せる仕事の線引きが肝となる。自分でその仕事をすれば、自分がその仕事から生まれる学習をすることになる。他人に任せれば、他人が学習する。*4そして、その学習効果が技術蓄積なのである。』(60頁)

第5章 技術の筋のよさを見きわめる
『「筋のいい技術」には次の三つの条件があるように思われる。
 1.科学の原理に照らして、原理的深さを持つこと
 2.社会のニーズの流れに照らして、人間の本質的ニーズに迫っていること
 3.自社の戦略に合致し、事業として展開のポテンシャルが大きいこと
この三つに、技術を育てるという観点からもう一つ付け加える上限があるとすれば、次であろう。
 4.技術を担う人材が存在すること』(69~70頁)

第6章 技術の大きな流れを俯瞰する
『リーダーは自分なりの『技術の俯瞰図』を持つとよいというのが、本書の基本的なメッセージである。』
『そこに盛り込むべき視点は、次の四つである。
 1.科学の本質的動向を把握する
 2.産業の技術進歩の大きな地図を描く
 3.社会のニーズの大きなうねりを察知する
 4.自社の発展方向のビジョンを構想する』(80~81頁)

第7章 テーマ選択はポートフォリオ思考で
『個々の研究開発テーマを見る3つの視角
 1.成果
 2.動機
 3.成功確率』(96~97頁)
『技術の目利きとは三つの目利き』
どんな人が技術の目利きかといえば、それは成果と動機と成功確率という三つの変数についての見積もりがかなり正確にできる人』(102~103頁)
技術の目利きとは、決して純粋な技術蓄積が豊富にある人、という意味だけではない。その開発しようとしている技術の持つ社会的な意義、その技術を開発しようとしている人たちの人間模様、そうしたことも総合的に考えることのできる人が、真の技術の目利きなのである。*5(104頁)
『その適切さを担保するベースは、科学的知識の深さと人間心理の読みの深さの両方にある、と考えるべきであろう。』(104頁)

第8章 コンセプト創造からすべてが始まる
『いいコンセプトが持つべき条件は、次の三つである。
 1.聞いて驚き、使って驚くという伝染効果があること
 2.驚くだけの技術と仕組みの裏打ちがあること
 3.許容範囲内の価格設定であること』(110頁)
『コンセプト創造の3つの条件
 1.ニーズとシーズの相関構想力
 2.簡潔な言葉で表現する言語表現能力
 3.コンセプトを実現する技術力』(113~115頁)

第10章 技術を利益に変えるビジネスモデル
技術を利益に変えるビジネスモデルとは、
 第一に、競合との差別化に成功すること
 第二に、その市場で利益をあげる工夫を生み出すこと
 第三に、第一と第二の条件を長期的に維持していけるような能力をつけること
こうした三つの条件を、技術を武器として、あるいは技術を活かして、どのように備えていくか。その鍵を、ビジネスモデルの設計と実行が握っている。』(136~137頁)
ビジネスモデル=ビジネスシステム+収益モデル』(137頁)

第II部 技術者はどこで間違いやすいか*7
第14章 思い入れと思い込みを混同する
『技術がよければ売れるという思い込み』
自社技術だけが進歩するという思い込み*6
『社内では新技術、世間では二番煎じ』(192~200頁)

第15章 構想なき繁忙に陥る
『本当に意味のある忙しさなのか
 1.手っ取り早く、目の前の問題だけを解決しようとする
 2.意味のある問いを発することができない
 3.上位概念を構想できない』(203~204頁)

第16章 技術の世界に引きこもる
『3つのタコツボ
 1.学会(学会のマイナス面)
 2.専門分野(教育された技術体系に縛られる)
 3.開発プロジェクト(内向きのマネジメント)』(215~216頁)

エピローグ:技術者が技術経営者に変身するとき
『MOTの本質は次の二つ
「イノベーションが生まれるまでの長い過程では、組織の内外でさまざまな人間社会の力学が生まれるため、その力学のマネジメントが技術経営の本質の一つである(第1章)」
「技術を育て、市場への出口を作り、社会を動かしていくために、組織で働く人々による学習活動をマネジメントするのが、技術経営の本質の一つである(第2章)」』(228~229頁)
『自然の「理」から、人間社会の「情と理」へ』(230頁)
『技術者・研究者の本質の一つである「他人を疑う」ことから、教育者の本質の一つである「他人を信じる」ことへ視点を転換しなければならない。』(235頁)

<評価*8> ☆☆☆☆☆
(初めてMOTを学ぶ社会人向けの本として。)

<目次>
プロローグ 技術の神話
第Ⅰ部 MOTとはなにか
 第1章 イノベーションを経営する
 第2章 3つのレベルのMOTと現場の学習活動
 第3章 研究開発で技術を育てる
 第4章 日々の仕事の仕方で、技術が育つ
 第5章 技術の筋のよさを見きわめる
 第6章 技術の大きな流れを俯瞰する
 第7章 テーマ選択はポートフォリオ思考で
 第8章 コンセプト創造からすべてが始まる
 第9章 製品開発は顧客との行ったり来たり
 第10章 技術を利益に変えるビジネスモデル
 第11章 新事業への初動を工夫する
 第12章 最初のイノベーションの後が勝負
 第13章 技術外交に知的財産を使う
第Ⅱ部 技術者はどこで間違いやすいか
 第14章 思い入れと思い込みを混同する
 第15章 構想なき繁忙に陥る
 第16章 技術の世界に引きこもる
エピローグ:技術者が技術経営者に変身するとき


<脚注>
*1 法律(法務)関連、知財関連の実務経験に比べると、圧倒的に経営関連の実務経験は少ない(ない)ので、比較の問題として、正確性に欠ける点は、予めご了承頂きたくお願いいたしますが、今後は、本書をMOT関連の書籍のベンチマーク(基準)として、他の書籍の適否を判断していきたいと思っています。
*2 私のような技術者でなくても理解できる内容です。もちろん、私がどこまで深く理解できているか?という問題はありますが・・・。
*3 本書では、この3つのステップを、日本語ワープロを例に解説をしていきます。
*4 この点は、法務(知財)担当者とマネジメントとの違いにも当てはまりますね。
*5 『技術の目利き』という言葉は、知財関連でよく聞く言葉ですが、このようにきちんとその内容を説明したものを見たのは、私の経験上初めてだと思います。非常に勉強になりました。
*6 私の経験上、これは結構多い気がします。競合分析したり、差別化要素を生み出す際に、何故か、他社は進歩・進化しない前提で、自社が追いつく事業計画を立てているのをよく見かけます。もちろん、そのことについて指摘はしますが・・・。
*7 何もこれは技術者や研究者だけの問題ではない気がします。第Ⅱ部を読んでいて、法務部員や知財部員を含む、企業内において、いわゆる専門家と言われる人一般に関係する問題だと思いました。「学会(協会)」「専門分野(教育された法体系に縛られる)」『法律の「理」から、人間社会の「情と理」へ』とか、法務部員や知財部員にも当てはまる気がします。
*8 法律(法務)関連、知財関連の書籍の読書量に比べると、圧倒的に経営関連の書籍の読書量は少ないので、比較の問題として、正確性に欠ける点は、予めご了承頂きたくお願いいたします。