『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック』
おそらく今年一番のお勧め本になると思います。
今年一番のお勧め本どころか、企業法務や知財の在り方を問う一冊であり、今後、本書のような視点から書かれた企業法務・知財部員向けの書籍が増加するのではないか、また、そうあるべきでないかと思わせる一冊です。

著者は、経営共創基盤(IGPI)*1の取締役マネージングディレクターの塩野誠さんと、同じく経営共創基盤(IGPI)のカウンセルの宮下和昌さんです。
宮下さんについては、本書を読むまで良く知りませんでしたが、塩野さんについては、東洋経済ONLINE「キャリア相談 君の仕事に明日はあるか?」を連載されていた方であり、非常に興味深く拝読させて頂いておりました。

私自身の身近な問題意識という観点からは、特に、「弁護士、弁理士はこれから食えますか?【キャリア相談 Vol.18】」は、今後の企業法務や知財部員の新しいキャリアを提示しており、自分自身のキャリアを見直すにあたって、非常に参考になりました。

この記事の内容を要約すると、
法務部や知財部におけるセクショナリズムに囚われず、ビジネス領域をどんどん領空侵犯せよ*2。判例だけでなく、法と経済という側面からも考察し、高い経営的視点を持て。いざとなったら切れる刀(法律家の知識と経験)は抜けるが、大所高所からの視点での事業戦略の立案し、後進を育成する、職人かつビジネスサイドのプロジェクトマネージャーになれ。
ということかと思います。

さて、このような連載をしていた塩野さんと、宮下さんが書かれた本書は、タイトルに「事業担当者のための」とありますが、企業法務や知財の経験が15~20年を超えるプロフェッショナル層であって、それも特に、現在マネジメント側にいる、若しくは、これからマネジメント側に移行しようとしている方にこそ、読まれるべき本ではないかと思います*3

というのも本書は、「事業担当者のための逆引き」とあるとおり、「経営」ないしは「事業」というビジネスサイドの視点から、次の4つの章に分けて法務というものを再構成しています*4
Chapter1 : 戦略参謀のための基礎法学
Chapter2 : 収益改善戦略の法務
Chapter3 : コスト削減戦略の法務
Chapter4 : M&A戦略の法務

そして、いずれの章においても、その章全体のアウトラインを示したうえで、そのビジネスにおける経営戦略(ないし事業戦略)のポイントを「戦略のエッセンス」として説明しています。
逆引きビジネス法務ハンドブック①

つまり、ビジネスの概要を示し、当該ビジネスがどのような経営戦略ないし事業戦略のもとで考えられたものなのかを理解し、これと整合する法務戦略ないし知財戦略を踏まえて、法務知財の活動が行われるべきである、という思想のもとで書かれています。
逆引きビジネス法務ハンドブック②

また、企業法務・知財部員にとって、必要不可欠な法令の条文をきちんと引用しており、さらには、本書の記述だけでは法律面の説明が少ないことから、【参考文献】欄において当該テーマのみならず周辺部分を含めて多数の書籍を紹介しています。
逆引きビジネス法務ハンドブック③

そして、何よりも本書が、ビジネスにおける『法的リスク』とは何かを定義し、それをきちんと説明するところから始め、企業における法務の仕事が、経営的な視点から見て、どのような位置づけにあるのかを明示したうえで、構成されていることが、本当に素晴らしいと思います。
逆引きビジネス法務ハンドブック


これまで本書のように、経営的な視点から企業法務の仕事とは何かを的確に説明したうえで、具体的にあるビジネス(またはビジネスにおける施策等)がどのような経営戦略ないし事業戦略のもとで考え出され、これと整合する法務戦略ないし知財戦略は何か、どのように法務知財の活動が行われるべきかを考えていくという本はなかったように思います。

これからの法務知財、特に法務は*5、経営との融合をどのように、そしてどこまで行っていくのかを決めることが重要な課題であり、新しいキャリアの在り方だと思っています。
というのも、弁護士資格を有する人が増えて行くこれからの時代において、弁護士資格の有無にかかわらず、社外弁護士と企業法務ないしインハウスローヤーとでは、やはり、本来的に求められているものが異なっており、それは年々明確になって行くと思うからです。曖昧な役割分担のままでは社外弁護士と企業法務ないしインハウスローヤーとの間で無駄な競争が起こり、(良く言えば)共存共栄が、(言葉を選ばずに言えば)お互いに潰しあわずに生き残っていくことが難しくなると思うからです。
そのため、企業法務や知財部員という職種が、社内において、(単に)法律に詳しい人、法律に関する相談や業務を行ってくれる頼りになる人というものから、さらにその上のステージである経営と法務知財を融合するという役割を担う職種とする必要があり、また、これを企業法務知財部員自身が作り上げていく必要があると思っています*6

というわけで、改めて、本書は今年一番の私のお勧め本になると思います。



<評価> ☆☆☆☆☆
(企業法務や知財の経験が15~20年を超えるプロフェッショナル層であり、かつ、現在マネジメント側にいる、若しくは、これからマネジメント側に移行しようとしている方向けに。*7


<脚注>
*1 経営共創基盤(IGPI)は知らなくても、その代表取締役CEOを務めている冨山和彦さんの名前は知っている人も多いと思います。
*2 比較の問題ですが、個人的な経験からは、法務よりも知財の人の方が、仕事の枠を広げることを嫌がる人が多い気がします。といっても、事業部においてローテーションする人と比べたら、法務も仕事の枠を広げることを嫌がっている人に見えるのでしょうね。まぁ、私も含めてですが・・・。私も、明日から事業部へ異動で、ほとんど法律を使わない仕事をしろ、と言われたら、ちょっと考えてしまいますから。。。
*3 もしかすると、社外の法律事務所との比較という視点をもって、企業法務部や知財部はどうあるべきか?を真剣に考えた場合、すべての企業法務や知財部員であれば、読むべき本、ということに今後はなっていくかも知れません。私自身は、そういう企業法務や知財部員が一定数生まれることで、日本企業の国際競争力も強化されていくと思っていますので、多くの企業法務や知財部員に読まれるべき本だと思います。
*4 再構成自体は素晴らしいと思っていますが、この再構成の仕方については、もう少し別の方法もあるような気がしています。そんな気がしているだけかも知れませんが、いつか私もこの再構成にチャレンジしてみたいと思っています。
*5 たまたま、これまでに私が所属した法務部がそうだったのかもしれませんが、知財に比べると、法務は、戦略性に欠けており、今後、経営と法務の融合は、企業法務の重要課題になると思っています。なお、法務に戦略性が無い(若しくは、足りない)理由については、以前、こちらでも書きましたので、ご参考までに。『臨床法務、予防法務、戦略法務? ①』
*6 もちろん、単に社内において、(特定の)法律に詳しい人、法律に関する相談や業務を行ってくれる頼りになる人というのが不要だと言っているわけではありません。ただ、弁護士資格を有する人が増えて行くこれからの時代においては、さらに経営に資する、経営に貢献する法務知財や経営戦略や事業戦略を支援する法務知財戦略といった経営と法務知財の融合という経営課題が解決できる人材が必要になる、ということであり、そういった法務知財戦略のもとで、企業法務部や知財部が組織化されていく必要があると思っています。
*7 もし、今年、BLJの「特集 法務のためのブックガイド2016」に呼ばれたら(笑)、この本は間違いなくお勧めの一冊になります。