このところ(と言っても、随分経ちますが・・・)考えている(というより悩んでいる)ことなのですが、今日は、秘密保持契約における「秘密情報」の定義についてのお話です。
少し前にも社内外で議論したのですが、結局のところ、良く分からなくなってしまって。。。

まず、秘密保持契約を締結するにあたり、秘密情報を受領する側の立場で考える、というのが前提です*1

そしては、この場合に、秘密情報を「提供された一切の情報」と広く定めた契約の方が良いのか、それとも「秘密として指定した情報」といった形で秘密情報を特定(限定)した契約の方が良いのか*2、というのがここでの問題です。

いろいろ議論した結果、正直、どちらが良いのか良く分からなくなってしまいました。

最初は*3、秘密情報を受領する側としては、「提供された一切の情報」という方が不利な条件だと思っていました。
というのも、この文言のとおり、「提供された一切の情報」を秘密情報として保持しないと、損害賠償請求や差止請求を受けると考えたからです。
確かに、差止請求については、「提供された一切の情報」を開示者の承諾なく開示する行為について差止請求を受けるわけで、理論的には、こちらの方が秘密情報を受領する側にとっては不利益なのでしょうが、「提供された一切の情報」みたいな規定の仕方で、実際に開示(ないし漏えい)してしまった場合に、情報がどこから流出したのか、本当に分かるのか?という問題もあり。。。
また、例えば、他社から提供された秘密情報を開示先の企業と秘密保持契約を締結し、秘密情報であることを明示したうえで開示した場合なんて、どうなんでしょうか?
根本的な問題として、一度、流出してしまった秘密情報(既に、公知情報?)の差止請求の実効性も限られている気がして・・・。
それから、損害賠償請求については、「提供した一切の情報」が秘密保持契約書上秘密情報であるからといって、「秘密情報であると特定ないし明示」することなしに情報を提供した場合に、過失相殺とかされないのでしょうか?
さらには、情報提供者側は、情報提供によって生じた損害(額)を立証することができるのでしょうか*4
などなど、疑問が盛りだくさんでして。。。

そもそもの話として、「提供された一切の情報」という文言の秘密保持契約を根拠に秘密情報が開示されたとして、差止請求や損害賠償請求訴訟が起こされ、それが実効性のあるレベルで認められたケースってあるのでしょうか?

この点、私が調べた範囲と、私と議論をした十数人の方々が知っている範囲内では、秘密情報を開示ないし漏えいし訴訟になったケースで、情報を開示した側の損害賠償請求が認められたのは、全て不正競争防止法違反であり、単純に秘密保持契約違反のものはありませんでした。

仮にこれが正しいとすると、不正競争防止法上の保護を受けられる場合しか実際は問題にならない、ということになります。
ということは、現行の不正競争防止法を前提にすると、不正競争防止法違反で勝訴するためには、高度な秘密管理性が必要ということなります。

そうなると結局のところ、「秘密として指定した情報」といった形で秘密情報を特定(限定)した契約の方が実効性が高い、つまり、秘密情報の受領者側には不利な契約になる可能性があるのではないでしょうか。
というのも、秘密情報を開示する側としては、そもそも自社内で秘密と管理されている情報なのですから、書面であれば当然マル秘等の記載がされているはずです(従って、秘密情報の開示の際には被開示者にマル秘と記載された情報のコピーを渡すことになります)。
また、口頭で開示する場合には、少なくともこの情報は秘密であることを被開示者に伝えられる情報であることが必要だと思います。
というのも、訴訟の際の立証まで考慮すると、秘密管理性のある情報を開示したことを立証するためには、口頭で開示する場合は、それが秘密情報であることを立証するために、後に秘密情報であることを特定する書面を出すことになると思うからです*5

さらに、何故、情報の開示者側が「提供された一切の情報」を秘密情報としたいのか?というと、たいていは、自社内で秘密情報の管理がなされておらず、「書面で開示する際に、マル秘の記載が漏れた」とか、「口頭で開示した際に、そもそも開示者が秘密情報だという認識がないので、後に秘密情報を特定するための書面を出せない」とか、そういったことが主な理由ではないでしょうか*6

そう考えると、「提供された一切の情報」を秘密情報とする秘密保持契約なんて、単なる儀式みないなもので、この契約に基づいて権利行使をすることまでは考えていない、若しくは、仮に権利行使をしようとしても、その実効性は極めて低い場合がほとんどのような気がします。

とはいえ、情報受領者側のリスクヘッジのために『「秘密として指定した情報」といった形で秘密情報を特定(限定)した契約文言に修正して欲しい。』との修正要望を出して、それが受け入れられるとなると、今度は逆に、情報開示者側が本当に重要な秘密情報を秘密と明示した上で、開示してくる可能性もあり、もちろんその場合は、秘密情報として開示ないし漏えいしないように最大限配慮しますし、「提供された一切の情報」の場合よりも通常は管理がしやすいはずですが、それでも開示ないし漏えいしてしまった場合は、不正競争防止法による権利行使がなされる可能性が高くなり、かえって、法的なリスクが高まってしまうのではないか?という懸念があります。

かといって、「提供された一切の情報」を秘密情報とする秘密保持契約の締結を積極的に勧める気にはなれず・・・。
特に、訴訟までいかない、それこそビジネス上の交渉で解決を迫られてしまうケースでは、『「提供された一切の情報」を秘密情報として保持し、当社の承諾なく開示ないし漏えいしてはいけないと契約書上なっているではないか!』なんて取引先から詰め寄られると、「申し訳ございません。。。」としか言えそうになく。。。

~ つづく ~


<脚注>
*1 それと、もう一つ前提として、「秘密情報」の例外として、① 秘密保持義務を負うことなくすでに保有している情報、② 秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報、③ 相手方から提供を受けた情報によらず、独自で開発した情報、④ 本契約及び個別契約に違反することなく、かつ、受領の前後を問わず公知となった情報、というのが定められているとします。
*2 契約書上の文言としては、例えば、『「秘密情報」とは,甲が乙に対して開示した情報のうち,「秘密情報」として明示のうえ指定したものをいう。ただし,甲は,口頭で秘密情報として開示したものについては,乙に対し,当該開示後30日以内に当該情報を明示した書面を送付するものとする。』といった感じです。
*3 最初は、と言っても、もう10年以上前のことになるかもしれませんが・・・。
*4 秘密保持契約違反や営業秘密に関して不正競争防止法違反の訴訟はしたことがありませんが、著作権侵害訴訟や不正競争防止法2条1項1号ないし3号違反の際に、あわせて民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求をしたときの経験なんかを踏まえると、情報などのいわゆる無体財産について、不法行為で損害賠償請求をしようとすると、損害の立証が本当に難しくて・・・。当該情報が開示(漏えい)されたことと、例えば、売上の減少との因果関係の証明なんて、ほとんど不可能を強いるようなものだと思います。その意味で損害賠償の推定規定のある特許権等の知的財産権訴訟は損害賠償については、かなり(気も)楽です。
*5 「秘密保持持契約なんてさ、単なる儀式なんだよ。儀式。。。そんなに(訴訟になるなんてことまで)真面目に考えないでよ。。。」なんて言わないでくださいね・・・。
*6 一部の秘密情報の管理が徹底している企業を除いてですね。きちんと秘密情報が管理されている企業との秘密保持契約において、「提供された一切の情報」を秘密情報とされるのは、かなり厳しいです。この点の見極めは必要ですね。と言っても、この見極め自体、至難の業ですが・・・。