前回の『アライアンス(提携)契約と知財戦略②』において、自社の事業戦略ないし事業計画の確認はできましたので、最後は、契約条件の作成と交渉です。

改めて、ヒアリングの結果を確認すると、自社の素材Aに関する事業戦略は、
〇 独占・非独占については、非独占契約
〇 事業領域については、Y社との関係では、完成品Bの事業領域に限定
〇 海外展開については、Y社が強い地域については、許諾を与える。
〇 生産能力については、完成品Bの事業領域だけであれば、Y社の競合である他の完成品メーカーへの対応は一応可能だが、別の事業領域(完成品B以外)を含めると生産の委託等が必要。
というものでした。

そして、この場合の契約条件としては、まずは、
〇 お互いに開示された情報は全て秘密情報とする。公知情報については秘密保持義務を負わない等の典型的な除外規定を設ける。秘密情報開示には、相手方の承諾を必要とする。
〇 単独で発明等をなした場合は、発明等をなした者に権利は帰属する(なお、共同研究開発前にできるだけ多くの素材Aに関する特許出願をしておく。)。共同で発明等をなした場合は、権利は共有とし、両当事者に権利は帰属する。
その上で、ただし、
〇 事業領域を完成品Bの事業領域に限定した上で、非独占の契約とする。
〇 非独占を実質的に担保するために、X社が第三者に実施許諾できるように、Y社が単独で取得した特許権等の許諾(X社が実施を許諾したY社の競合へのY社からの権利不行使特約を含む)と秘密情報の開示の許諾等必要な許諾を予めもらう。
〇 海外は、Y社が強みを持っている地域でのみ、上記と同じ条件で許諾する。
という条件を提示します。*1

もちろん、通常、Y社はこの条件では契約を締結してくれないと思います(まぁ、素材Aが極めて画期的なものであれば別ですが・・・。)。
そして、おそらく、次のような交渉になると思います。
〇 完成品Bと完成品C*2の事業領域において独占契約にして欲しい。
〇 秘密情報の開示について予め許諾を与えることはできない。
〇 地域は、国内とY社が販売網を持っている地域全てにして欲しい。
〇 独占の条件として、ロイヤリティの単価を上げる。

これに対して、X社の交渉担当者は、契約担当者であるあなたにアドバイスを求めてきました。
『独占契約になってしまうが、ロイヤリティの単価はあがるので、この条件で契約をしたい。断れば、このビジネスを失うかもしれない*3。無理に非独占の契約にしたところで、他社が当社からライセンスを受けてくれるか分からない。ここはY社に恩を売って*4、このビジネスで確実に収益を上げるべきではないか?どう思う?』

Y社の交渉担当者は、なかなか交渉上手ですね(笑)
おそらく、あなたに相談し、アドバイスが欲しいと言っているX社の交渉担当者は、Y社の交渉担当者に言われたことを、そのままあなたに言ってきているのです*5

さて、皆さんならどうしますか?
まさか、自社の交渉担当者(の熱意?)に負けてしまって、
『仕方ありませんね。それでは、独占契約にするとして、できるだけ単価を上げるようにして下さい。それから、ミニマムロイヤリティ(若しくは、最低実施補償ないし最低購入数量(およびその単価)に関する定め。以下、同じ。)を設けて、2年連続でミニマムロイヤリティ以下の実績となった場合は、非独占の契約にすることができるように交渉して下さい。』
なんて、一見もっともらしいことを言ってはいけません。
こんなことを言ってしまった日には、事業戦略も何もあったものではありません*6

そして、本当に筋悪の交渉の流れになると、Y社の交渉担当者は、あなたの一歩も二歩も先を読んでいて、
いいよ。その条件で。
ただ、ミニマムロイヤリティとその単価設定は、ちょっと厳しいな。このままだと社内(経営層?)を説得できないかも。。。
頑張って、社内(経営層?)を説得するから、
① もし、想定以上に売れた場合や何らかのトラブルで、X社の生産能力では素材Aが安定供給されない可能性もあるため、Y社のグループ会社またはY社が指定した製造業者に生産させることを予め認めて欲しい*7
② ロイヤリティ単価は、数量に応じて段階的に逓減する仕組みにさせて欲しい。

なんて言ってきたりして。。。
そして、力関係で最後は押し切られてしまう・・・。
交渉って、一旦、悪い流れできると、なかなか良い流れに戻すのが難しいですよね。

さて、こんな悪い流れにならないようにするために、契約担当者に求められていることは、交渉学でいうところの『クリエイティブオプション』を生み出すことだと思います*8
つまり、ここで、独占か非独占化で争っていても、最後は単純なビジネス上の力関係が強い方の条件で契約を締結するようになってしまう可能性が高いです。

そこで、例えば、次のような条件を提示してみるのはどうでしょうか?
〇できれば1年、長くても2年間*9ならば、Y社が予め指定するY社の競合にはライセンスをしない期間を設けても良い(これが難しければ、期間を限定した単純な独占契約で良い)。その代り、この期間中は、ロイヤリティの単価を非独占の場合よりも高く設定し、ミニマムロイヤリティを設ける。
ただし、これは完成品Bの事業領域のみで、完成品Cの事業領域では非独占契約にする。なお、海外は、Y社が強みをもっている地域のみ許諾をする。また、本当に、X社の生産能力を超えて素材Aが必要となってしまった場合は、X社からY社のグループ会社ないしY社が指定する製造業者に生産を委託する。

これは、独占か?非独占か?という二者択一の問題にするのではなく、期間で独占と非独占を分けるという方法です。
これであれば、Y社は先行者利益を享受できますし、完成品Bの市場も一気に過当競争に陥ることなく、X社の素材Aが高価格で売れる期間が長くなる可能性があります*10

そして、何よりも、こちらの方が、当初の事業戦略である
〇 独占・非独占については、非独占契約
〇 事業領域については、Y社に関しては、完成品Bの事業領域に限定
〇 海外展開については、Y社が強い地域については、許諾を与える。
〇 生産能力については、完成品Bの事業領域だけであれば、Y社の競合である他の完成品メーカーへの対応は一応可能だが、別の事業領域(完成品B以外)を含めると生産の委託等が必要。
を、より実現できるような契約条件となっているように思います。

他にも、考慮すべき点はありますし、より良い案もあると思います。また、契約交渉の流れのなかで、他の選択肢の方が良い場合もあると思います。
いずれにしても、こういったことを考え、アドバイスし、その結果として競争力のあるビジネスモデルが構築され、事業戦略ないし事業計画が実現されていくことを目の当たりにできることが、契約法務の面白さの一つだと思っています。


<脚注>
*1 最初にこのような自社に有利な提案をすることの是非という問題もありますが、ここでは一応、順を追って説明するために、最初にこのような提案をしてみたいと思います。
*2 ここでは、完成品Cは、完成品Bとは事業領域が異なる、素材Aの応用可能な分野であって、Y社の主要な事業領域、という設定をしてみたいと思います。
*3 もちろん、この一言は、契約(法務)担当者であるあなたへの脅しです(笑)。仮に、この交渉が決裂し、ビジネスを失ったとき、この交渉(営業)担当者は、きっとこう言うでしょう。『法務のせいで、ビジネスを失った!』と。
*4 悲しいことに、「恩を売った」と思っているのは、X社の交渉担当者だけで、Y社の交渉担当者は、「恩を売られた」なんて思っていませんし、仮に「恩に感じていても」その恩を返そうと思ったときには、どちらかの交渉担当者が異動している、なんてことが良くあります。
*5おいおい、お前はどっちの会社からお給料を貰っているんだよ?!って思ってしまうようなことをいう交渉(営業?)担当者も世の中にはいたりします。。。でも、これは穿って見方で、もうちょっと単純な話である場合がほとんどです。つまり、交渉(営業)担当者の言葉を善意で解釈すると「交渉相手からこんなこと言われちゃったんだけど、なんかいい反論ある?」ということです。
*6 でも、こういうちょっとした本に書いてあるようなことを言ってしまう法務担当者は意外といる気がしています・・・。それに、そもそも事業戦略ないし事業計画を確認していなければ、このような契約条件が正しいかどうかも本来は分からないわけで・・・。というわけで、事業戦略ないし事業計画のヒアリングは重要です。
*7 ところで、Y社がこのような条件を出す真意は分かりますでしょうか?おそらく、Y社は、X社からしか素材Aの供給を受けられないとすると、交渉上の立場が弱くなるため(最悪、価格のコントロールをされかねないため)、X社をとおさず、素材Aの供給を受けれる道を確保しておきたい、というところだと思います。
*8 『クリエイティブオプション』など交渉学に興味がある方は、『契約交渉と交渉学 ~ 法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー ~』をお読み頂ければと思います。
*9 実際のところ、この期間は、当該製品やサービスのライフサイクルを踏まえて決定することになります。
*10 このような交渉ができない、ということであれば、そもそも素材Aに魅力がなかった、ということだと思いますので、素材Aの市場価値を高める努力をすべき、ということになると思います。間違っても(Y社のブラフに負けて)、自社にとって極めて不利な条件で、契約を締結をしてはいけません。ここでのBATNAは、契約をせずに素材Aにさらに磨きをかける、ということだと思います。