前回の『ノウハウ』と『営業秘密』の評判が良かったので(笑)、それに気を良くして、今度は、『営業秘密』と『秘密情報』について、少し整理を。

前回と同様に、まずは、定義から。


『営業秘密』については、前回説明したとおり、これは不競法2条6項に定められているとおり、『秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの』をいいます*1

次に、秘密(機密)保持契約等で使用される『秘密(機密)情報』の定義ですが、これはそれぞれの契約書における定義に従うことになります。
この定義ですが、『秘密である旨が明示された情報』とか『秘密として管理されている情報』とか、または秘密情報からの除外事由が列記されている場合*2はまだ良いのですが、契約書上特に定義も除外事由の列記もなく、『秘密情報とは、開示した一切の情報』と定義されていた場合の、その契約違反の効果は何か?というのが、今回の問題意識です。

契約文言からは、「秘密情報の受け取り側としては、受け取った情報の全てを秘密として管理し、契約条件に従った利用をしないといけない。」と読むことになるのが普通だと思います。

でも、本当に、この解釈が正しいのでしょうか?

まずは、分かりやすいところから。
受領した情報は全て秘密情報と契約上規定されていたとして、
①受領した情報が公知情報の場合でも、「受領者は、秘密として管理し、契約条件に従って利用をしないといけない」のでしょうか?

私自身としては、「公知情報を秘密として管理する」ということの意味が良く分かりませんので(笑)、公知情報は当然に秘密情報から除かれると解釈し、秘密として管理する必要はもちろん、契約条件に従って利用をする必要はないと考えています。
仮に、この解釈が正しくないとしても、契約違反の効果として、差止請求ができないのはもちろんこと*、損害賠償請求も認められないと思っています。
何故なら、公知情報を漏えいしたからといって、情報の開示者に損害が発生するとは思えないからです。

次に、②公知情報ではなく、受領した情報が情報の開示者において秘密として管理されてない場合でも、「受領者は、秘密として管理し、契約条件に従って利用をしないといけない」のでしょうか?

例えば、公知情報ではないが、社内の人間であれば誰でもアクセスできる情報であって、開示された資料に「○秘」とか「社外秘」といった表示もなされていない情報を受領した場合です。
通常、このような場合は、不競法上の営業秘密には当たらないと解されていると思いますので、ここでの問題意識は、不競法上の営業秘密の要件は満たず不競法を根拠とする差止請求も損害賠償請求もできないとして、このような情報を受領者が契約に反して利用・漏えい等してしまった場合に、契約違反(債務不履行)として損害賠償責任を負うことはあるのか?ということです。

この点参考になるのは、株式会社アテナ事件(別名、日経マグロウヒル事件)東京地裁判決*3だと思います。
この判決は、昭和48年2月19日の判決ですので、営業秘密に関する1990年(平成2年)の不正競争防止法改正以前の事件です。
事案は、雑誌の購読者名簿が入力されている磁気テープをプリントアウトする業務を受託した者(株式会社長野県計算センター)が、契約上、磁気テープを厳重に管理し、その機密保持に万全の措置を講ずべき義務を負っていましたが、必要な注意義務(善管注意義務)を怠ったり、テープ内の情報が外部に漏れた、というものです。

これに対して、東京地裁は、
「日経ビジネス」の購読者少なくとも8万2000人の住所氏名が収められており、同誌の購読者は企業の上層部および中堅管理者層であるため、そのような購読者を多数獲得し、これらをコンピューター用に磁気テープ化するのには多くの時間と費用と労力がかけられており、しかも,右のような階層を取引対象として開拓し把握しようとする企業における宣伝活動の場においては、現代の競争社会の特殊事情も加わり、貴重な情報として利用価値の高いものであること、したがって、コンピューターを取扱う業者間では、この種のコンピューター用磁気テープの機密保持につき十分注意すべきものであることは常識となっていること、
<略>
引渡の目的となっているテープは前認定のとおり一定の階層を対象とする雑誌購読者の住所氏名という情報を収めた器ともいうべきコンピューター用の磁気テープであって利用価値の高いものであるから、その保存につき法律上要求されている善良なる管理者の注意義務の内容は、当該テープを物質的に保存し、その摩耗・汚損・毀滅・遺失等を防止することのほか、さらに、その収められている情報が外部に漏出することによりテープの情報としての稀少価値が減少しないように注意することも当然含まれていると解すべきである。
として、契約違反を理由に受託者に損害賠償責任を負わせています。

1990年(平成2年)の不正競争防止法改正以前の判決ではありますが、素直に判決文を読むと、原告のアテナ社において秘密として管理されていたかどうかよりも、「客観的には、磁気テープに利用価値があり、主観的には、受託者が秘密として管理する必要があることを認識し、了承していた」ことが重視されていると思います。
従って、秘密管理性の要件を満たさずに、不競法を根拠とする差止請求と損害賠償請求はできないとしても、契約違反(債務不履行)として損害賠償責任を負うことはある、ということにあると思います。

ただし、この場合は、不競法違反の場合に比べて、損害賠償額の立証はかなり難しいものと思います。
上記の東京地裁判決でも、原告は456万9484円の損害賠償請求をしましたが、認められたのは、その半分にも満たない203万9420円でした*4

というわけで、契約書上『秘密情報とは、開示した一切の情報』と定義すれば良いわけではなく、実効性を持たせるためには(不競法違反の主張を認めてもらうためにも)、秘密管理性の要件を満たすことは重要ですし、その一助になるのであれば、むしろ、契約書上も『秘密である旨が明示された情報』と秘密情報を定義した方が、自社の意識向上にも繋がり、良い結果に繋がる可能性があると思うのですが・・・*5


<脚注>
*1 TRIPs協定第39条に対応する形で、不競法による保護の強化が図られています。
*2 例えば、
「ただし、以下の各号のいずれかに該当する情報はこの限りでない。
(1)開示を受けた際に、既に公知となっている情報
(2)開示を受けた後に、受領者の責によらず公知となった情報
(3)開示を受けた時に、既に受領者が知得していた情報
(4)開示を受けた後に、受領者が秘密情報によることなく,独自に開発した情報
(5)開示を受けた後に、受領者が正当な権利を有する第三者から如何なる守秘義務も負うことなく,かつ,適法に入手した情報」といった規定です。
*3 東京地裁昭和46年(ワ)第4095号損害賠償請求事件
*4 昭和48年という時代にしては、それなりの損害賠償額が認められた、見るべきなのでしょうか。
*5 というわけで、秘密情報の定義を『秘密情報とは、開示した一切の情報』としつつ、「このNDAは、変更できません。どこの会社さんも、このまま締結してくれてますよ。」なんて嘘はつかずに、是非、修正交渉に応じて頂きたいものです。どことは言いませんが・・・。たとえ、条項が修正されなくても、修正交渉のチャレンジだけはさせて欲しいものです。。。(苦笑)