最近、ノウハウに関する契約(条項)とか、秘密保持契約とかで、気になることがあったので、『ノウハウ』と『営業秘密』について、少し整理を。

まずは、定義から。


最初に『ノウハウ』の定義ですが、国際商業会議所(ICC)の「ノウハウ保護基準条項(1961年)」第1条では、「know-howとは単独で又は結合して、工業目的に役立つある種の技術を完成し、またそれを実際に応用するのに必要な秘密の技術的知識と経験、またそれらの集積をいう。」と定義し、ノウハウを秘密で有用な工業的・技術的なものに限定しています*1
これを受けてか、吉藤幸朔(著) 熊谷健一(補訂)の特許法概説(第13版)は、狭義の『ノウハウ』とは、『産業上実際に利用することができる技術的思想の創作又はこれを実施するのに必要な具体的な技術的知識・資料(技術情報)・経験であって、これを創作・開発・作製又は体得した者(その者から伝授を受けた者を含む)が現に秘密にしているものをいう。』としています。
また、広義の『ノウハウ』について、『商業的・金融的なものを含み、いわゆる営業秘密と同じ意味で用いられることも多い。』と説明しています*2

以上のとおり、広義・狭義ともに『ノウハウ』とは、『秘密』であることが要件になっています。

ただし、野口良光(著) 石田正泰(補訂)の特許実施契約の基礎知識―理論と作成《改訂増補版》では、『ノウハウ』とは、『産業的に利用しうる技術上の知識および経験であって、企業の外部に対し秘密にされているもの』と一般的に定義しておきますとして、定義段階では『秘密』を要件としますが、これは『民事的、刑事的救済の適格性という見地からなされたもの』とします。
そして、実施契約の実務的な立場からは必ずしも適切とはいえないとして、『ノウハウ』とは、『秘密の技術的知識、経験のみ限定せず、公知の技術的情報、資料をも包含するもの』と定義するのが妥当としています*3
ただ、このような『公知の技術的情報、資料をも包含するもの』を『ノウハウ』と呼ぶ代わりに、『単に「技術的情報」という用語を用いる方が適切である。』とも述べていますので*4、『ノウハウ』の定義として、『秘密』の要件を不要とすべきということではなく、実施契約においては秘密の技術的情報や資料のみならず公知の技術的情報や資料が実施契約の目的を達成するために必要である、つまり、実施契約においては、ライセンシーの立場から考えて、『ノウハウ』に『公知の技術的情報や資料』を含めて、実施の対象として、きちんと技術を受け取れるようにしましょう、という趣旨と理解しています。従って、『ノウハウ』は『秘密』を要件とする、と考えているものと思います。

以上を踏まえて注意すべき点としては、『ノウハウ』が『狭義のノウハウ』を意味しているのか、『広義のノウハウ』を意味しているのか、意識をする場面がありそうというところでしょうか。

次に、『営業秘密』ですが、これは不競法2条6項に定められているとおり、『秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの』をいいます*5
『営業秘密』と『狭義のノウハウ』との一番の違いは、『営業秘密』は『狭義のノウハウ』が『有用で技術的な秘密情報』であるのに対して、『営業秘密』は、『販売方法その他の事業活動に有用な営業上の情報』を含むことです。
契約書において、特に定義なく『営業秘密』という言葉が使われていた場合は、不競法2条6項の要件を満たすものを意味する、と考えて良いと思います。
また、『営業秘密』と『広義のノウハウ』はほぼ同義であり、『営業秘密』は『狭義のノウハウ』を含むものと考えて良いと思います*6






<脚注>
*1 特許実施契約の基礎知識―理論と作成《改訂増補版》71頁
*2 特許法概説(第13版)49頁
*3 特許実施契約の基礎知識―理論と作成《改訂増補版》71-73頁
*4 特許実施契約の基礎知識―理論と作成《改訂増補版》73頁
*5 TRIPs協定第39条に対応する形で、不競法による保護の強化が図られています。
*6 厳密には、『狭義のノウハウ』が『営業秘密』に含まれるといえるためには、『『営業秘密』の3要件、①秘密管理性、②有用性、③非公知性を満たす必要があります。