このところ『法務部も経営戦略や事業戦略に貢献するようになりましょう。』という話をしてきましたが、この点については、組織的にいうと知財部の方が先を行っていると思います。
今日はそのことに関連して、最近読んだ興味深い論文の紹介です。

それは、『マーケティング・ツールとしての知的財産』です*1


もともと法務に比べて知財の方が、丸島教授をはじめとする産業界の先達が、如何に事業を強くするか?という観点から知財戦略を組み立てたり、研究開発部門、事業部門、知財部門が三位一体となって知的財産経営を行うといった観点から、経営(や事業)にどのように貢献するか?ということを考え、ものづくりに強みを持つ日本の産業界に貢献されてきました。
これらの業績は、本当に素晴らしいものだと思います。
ただ、これらは「ものづくりに強みを持つ日本」ということで、知的財産といっても基本的には、技術、つまり特許権をどのように事業に生かすか?という話が中心で、他の知的財産権については(不競法の営業秘密・ノウハウを除いて)ほとんど触れらておらず、必要(財の)経済から非必要(財の)経済へと時代の流れが変わっていることに対応できていません*2

このような時代の流れを無視して、「知財=特許権」という意識が強すぎることは、かえって事業の競争力を弱くすることすらあると思っています。
従って、これまでもお話をしてきたように、広く知的財産を利活用することが重要であり、経営戦略や事業戦略との関係で、競争力が強化維持できるように知的財産権を利活用することが重要です。

前置きが長くなりましたが、今日ご紹介する『マーケティング・ツールとしての知的財産』
は、これまでにない新しい知的財産の利活用に関する示唆と提言です。
タイトルにあるとおり、「特許権」でも「知的財産権」でもなく、「知的財産」*3という言葉を使用しているところからして、私的にはかなり評価できる内容なのでは?と思いましたが、当たりでした。

それほど長くない論文なので、興味を持たれた方は、是非こちらをお読み頂きたいと思いますが、どのような内容かもう少し知りたいという方のために、私になりに要約させて頂くと、以下のような内容になります。

マーケティングの目的といえる「既存市場の維持と拡大及び新市場の創造」について、知的財産をその目的達成のための「手段」あるいは「ツール」として明確に位置づけた上で関係を整理し、知的財産のマーケティング・ツールとしての有用性と、知的財産が「市場参入抑制機能」、「市場排除機能」そして「経営情報開示機能」等の市場に直接関係する複数の機能を有していることを示すとともに、マーケティング、すなわち市場調査、セグメンテーション、ターゲティング、マーケティング・ミックスそして組織論等に知的財産がどのように貢献できるのか、その可能性について論じています。

現代マーケティングの第一人者であるフィリップ・コトラー教授は、「経営とは、マーケティングそのものである。」と言っています。
そして、本論文の著者の杉光教授は、『知的財産を、マーケティングの目的達成のための「手段」あるいは「ツール」として明確に位置づけ、知的財産がどのように貢献できるのか?』を論じているため、まさに、「知的財産」を経営に役立つ「手段」あるいは「ツール」として、その利活用の可能性を考えています。
こういう視点こそが、今後の企業内の法務部や知財部に求められる重要な要素になると思っています*4
本論文では、理論的な整理がなされ、若干の具体例にも触れられていますが、実務レベルで適用可能な具体的なケースが紹介されているわけではありませんので、これをもとに自社に最適なレベルに具体化する必要はあると思います。
その意味では、今後の研究が待たれるところですが、実務に新しい視点を気がつかせてくれている良い論文だと思います*5


<脚注>
*1 著者は、金沢工業大学教授/東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員 の杉光一成教授です。
*2 ただし、「キヤノン」という会社のブランド力は卓越したものがあります。「キヤノン」という会社としては、ブランド戦略=商標戦略も含めて、知的財産経営を行っていたことは間違いないと思います。
*3 杉光教授は、本論文のなかで『知的財産の中でも権利の登録公示制度を前提としていない著作権の検討はしていないが、著作権もマーケティング・ツールとして活用できる可能性は否定されない。』と述べており、マーケティングの目的達成のための「手段」あるいは「ツール」としての「知的財産」には、「著作権」が含まれうるとしています。
米国など、著作権登録制度が整備され、利用されている国では、特許権と同様に権利の登録公示制度があると言っても良いと思いますし、実際は、(C)表記等が権利の公示機能を果たしており、現在のようなインターネット社会では、著作権もマーケティングの「手段」あるいは「ツール」となりうることから、この主張も正しいものと思います。
*4 あくまで、リスクを発見し、そのリスクを回避、ヘッジないしコントロールするという従来から法務ないし知財の業務を行ったうえで、その先に必要になる視点という意味です。
*5 実務的には、このような視点を与えて頂いた時点で、自社内での最適化を始めないと、他社との差別化とそれによる競争優位性の確保は難しい気がします。実務レベルで適用可能な具体的なケースが紹介され始めたときには、その手法は一般化しつつあり、差別化要素とならず、競争優位性を確保できない可能性が高いように思います。