前々回に続いて、2014年10月17日に開かれた第9回(新)産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会についてです。
第9回議事録は、こちら

そして、今回のお話は、タイトルのとおり「中小企業と職務発明」です。


先日の「第7回 (新)産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会②」において、中小企業の実態についても配慮をして職務発明規程について検討して欲しい、という趣旨のことを書きましたが、第9回の特許制度小委員会に日本商工会議所から以下のような意見書がだされました。

・中小企業のイノベーション実現のカギは、もづくりで蓄積された高度な技術と、知的財産の活用にある。知的財産活用のためには、職務発明は法人に帰属させることが求められ、高度な技術力の維持強化のためには、発明者に帰属させることが望ましい場合もある。これら両者のベストな組み合わせが、中小企業のイノベーション実現ために必要である 。
・我が国の中小企業の中には、職務発明規程等を十分整備していな企業も少なくない。限られた経営リソースの中、従業者との調整を経て、こうした規程等を整備する余力のない企業も存在するのが実情である。
仮に、一律、職務発明が自動的に企業に帰属することとなると、職務発明規程等の無い中小企業の経営者と従員間で、その報奨等を巡ってトラブルが発生するおそれがある。
・そのため、新たな制度では、全ての中小企業に対して一律に職務発明規程等の整備を義務付ける仕組みとしないように、また職務発明規程等を有しない中小企業に対してまでも一律に特許が法人帰属とならないように配慮することが望ましい 。

我が国の国際競争力・イノベーション強化ためには、中小企業が重要な一翼を担う。今後の産業構造審議会特許制度小委員における職務発明に関する具体的な制度設計に当たっては、以上の点を十分考慮されること強く要望する。

正直に言って、この意見書の読み方は難しいなと思いました。
特に、「高度な技術力の維持強化のためには、発明者に帰属させることが望ましい場合もある。」の部分は難しいと思うのですが、以下のとおり小委員会において事務局から日本商工会議所の意見書について補足説明がなされていますので、こちらも合わせて見てみたいと思います。

○中野制度審議室長 いろいろ長くなりますので簡潔に御紹介させていただきますと、日本商工会議所としましては、職務発明の見直しについては、中小企業の実情を踏まえて、中小企業が円滑に対応できる仕組みにすることというような意見が従前より出されておりました。基本的に、企業の競争力強化につながる職務発明制度の見直しは支持するということでありますが、ただその一方で中小企業においては現制度のもとで大きな困難に直面しているとは認識しておらず、中小企業に過大な負担を強いる見直しは望ましいものとは言えないというようなことだということでございます。
そのような中小企業が円滑に対応できる仕組みという観点から以下のように考えるということで列記されてございます。中小企業のイノベーション実現のカギは、ものづくりで蓄積された高度な技術と、知的財産の活用にある。知的財産活用のためには、職務発明は法人に帰属させることが求められる。高度な技術力の維持強化のためには、発明者に帰属させることが望ましい場合もある。これら両者のベストな組み合わせが、中小企業のイノベーション実現のために必要であるということです。
次に、中小企業の中には、職務発明規程等を十分に整備していない企業も少なくないということで、下に注書きしておりますが、東京商工会議所さんのアンケートによると、職務発明に関する社内規定があると回答した企業が2割弱ということだということであります。限られた経営リソースの中で、従業者との調整を経て、これら規程等を整備する余力のない企業も存在するのが実情である。仮に、一律に職務発明が自動的に企業に帰属することとなると、職務発明規程等が無い中小企業の経営者と従業員との間で、その報奨等を巡ってトラブルが発生するおそれがある。
そのため、新たな制度では、全ての中小企業に対して一律に職務発明規程等の整備を義務付ける仕組みとしないように、また、職務発明規程等を有しない中小企業に対してまでも一律に特許が法人帰属とならないように配慮することが望ましいというような御要望が出されてございます。(第9回議事録8-9頁)


まず最初は、先日の記事でも書きましたが、「ほとんどの中小企業では、その従業員も含めて、そもそも何が特許権が取得できる発明なのかが分かっていない。」つまり、「特許を取得できるような発明というものに対する認識がない。」と思いますので、職務発明規程等の必要性もなく、従って、そもそも職務発明規程等がない中小企業が8割と聞いても特に驚きません(この8割という数字は、本業で特許権が取得できそうな事業を行っている中小企業という前提で理解しています。以下、同じ理解でいます。ただ、東京商工会議所のアンケートを確認していませんので、この前提の理解が間違っている可能性はあります)。
でも、これって、職務発明の問題ではない、別の問題ですよね?
「我が国の国際競争力・イノベーション強化ためには、中小企業が重要な一翼を担う。」にもかかわらず、本業において特許権が取得できそうな企業の経営者や従業員が、特許権が取得できるような発明かどうか分からないということでは、我が国の国際競争力・イノベーション強化の観点からは問題があると言わざるをえません。

次に、読み方が難しいと言った「高度な技術力の維持強化のためには、発明者に帰属させることが望ましい場合もある。」の部分ですが、その理由が明記されていません。
普通に考えると、特許を受ける権利が従業員に帰属し、その従業員が特許権を取得すると、特許権をもった従業員が他社に転職できることになり、その方がよっぽど問題だと思います。
でも、おそらくそのような中小企業の従業員というのは、ごくわずか、若しくは、ほとんど存在しない、と思います。理由は、前述のとおり、「ほとんどの中小企業では、その従業員も含めて、そもそも何が特許権が取得できる発明なのかが分かっていない。」と思うからです。

そうすると、「限られた経営リソースの中で、従業者との調整を経て、これら規程等を整備する余力のない企業も存在するのが実情である。仮に、一律に職務発明が自動的に企業に帰属することとなると、職務発明規程等が無い中小企業の経営者と従業員との間で、その報奨等を巡ってトラブルが発生するおそれがある。」というのが、従業員帰属とする理由なのかもしれませんが、この場合は、大した話ではなく、日本商工会議所の存在意義も目先の話すぎて問題ありだと思います。
ただし、仮に、「特許権が取得できる発明を本業で生み出している中小企業であって、大企業の下請けとなる可能性が高い中小企業を念頭においての意見書」だとすると、話は大きく違ってくる気がしています。

というのも、大企業の下請けとなる中小企業と大企業の委託契約においては、通常、「受託者が受託した業務を行う過程で発生した特許を受ける権利を含む知的財産権は納品物や成果物に関するものも含めて委託者側つまり大企業側に帰属する。」と定めるのが通常です。そして、その対価は、委託料に含まれるとして、知的財産権を受ける権利の譲渡対価は実質的に無償となっていると思います。
ここで仮に大企業が、自社と同じように、委託した中小企業も職務発明規程があり、当然、会社に特許を受ける権利も含めて、受託企業(=中小企業)に帰属(現行特許法35条の場合は権利承継による帰属で、現在の改正論議の方向性で特許法35条が改正されれば原始帰属)しているはずと、決め打ちして、上記のような特許を受ける権利を含む知的財産権の帰属を委託者(大企業)と受託者(中小企業)の間で契約書で取り決めただけでは、大企業は中小企業から実質的に無償で特許を受ける権利を含む知的財産権を自社に帰属させることはできません。
何故なら、委託契約の当事者でない受託者である中小企業の従業員に特許を受ける権利が原始的に帰属するため、上記のような規定だけでは、受託企業から委託企業に特許を受ける権利を含む知的財産権が移転しないからです。

つまり、日本商工会議所は、上記のような契約慣行を前提に、中小企業にアドバイスをしているのかもしれないと思ったわけです。
職務発明規程を設けて、譲渡対価を支払って従業員から特許を受ける権利を譲り受け、特許権を取得したとしても、大企業の下請けとして仕事を行った場合は、実質的に無償で大企業に知的財産権を持っていかれることになり、実益がないどころか、多大な損害を被る恐れがある、と。
従って、いっそのこと、今回の改正論議を逆手にとって、従業員帰属としてはどうか?と。

確かに、現時点では、そこまで意識をしている契約書は少ないように思います。
つまり、実際にこの点を意識して、「単に特許を受ける権利を含む知的財産権は委託者(=大企業)に帰属する。」という規定を契約書に設けるだけでなく、「受託者(=中小企業)に、従業員から特許法に基づいて特許を受ける権利を譲り受けさせる義務を負わせる。」規定を設けている契約書は、現時点では少ないように思います。

ただ、今回の日本商工会議所の意見書を踏まえて、今後なされるであろう特許法35条の改正、すなわち、一定の要件(つまり、合理性のある)職務発明規程があれば、原始的に会社に特許を受ける権利が帰属し、それが無ければ従業員に帰属するという制度設計の下では、「単に特許を受ける権利を含む知的財産権は委託者(=大企業)に帰属する。」という規定を契約書に設けるだけでなく、「受託者に、従業員から特許法に基づいて特許を受ける権利を譲り受けさせる義務を負わせる。」という規定を設ける契約書が増えるように思います。
というか、単に特許を受ける権利を含む知的財産権を委託者に帰属させるという規定だけでは、改正後の特許法35条の規程を踏まえた職務発明規程のない企業からは、特許を受ける権利を含む知的財産権を委託者に帰属させることが実質的にできなくなると思います。

この点は、現行の特許法35条でも理論的には同じはずですが、現行特許法35条では、名目的に特許を受ける権利が従業員に帰属しているが、実質的には全て会社に帰属している、と認識(誤認?)している契約担当者が多いため、「単に特許を受ける権利を含む知的財産権は委託者に帰属する。」という規定だけを設けている契約書が大半を占めていることを考えると、この点が実質的に争いになることはほとんどないように思います。
つまり、委託者側に特許を受ける権利が帰属していると受託者側も認識しているため、委託者が特許出願をしても受託者がクレームをつけることはないというのが現実だと思います(法律的には、冒認出願の問題もありますが、ビジネス上の力関係や能力や資金的な問題も含めて考慮すると、受託者がクレームをつけることは皆無でしょうから、この点も実際に問題になることはないように思います)。
従って、今回の小委員会の議論を踏まえて、特許法35条が改正されたあかつきには、契約担当者の認識もかわり、「受託者に、従業員から特許法に基づいて特許を受ける権利を譲り受けさせる義務を負わせる。」規定を設ける契約書が増える、というのが、私の予想です。

そうなると、今回の日本商工会議所の意見書の評価が難しいというか、つまり、今後は、委託契約等に「受託者に、従業員から特許法に基づいて特許を受ける権利を譲り受けさせる義務を負わせる。」という趣旨の規定が設けられることになるため、結局のところ、中小企業は、改正後の特許法35条規定に基づいて、職務発明規程を設けて、会社に原始的に特許を受ける権利を帰属させる必要があります。
そうなると、何が起こるかというと、それこそ日本商工会議所が心配したように「限られた経営リソースの中で、従業者との調整を経て、職務発明規程等を整備する必要に迫られ、仮に、職務発明規程等を設けられないとすると、中小企業の経営者は相当の対価を支払って従業員から特許を受ける権利を譲り受け、それを委託者に譲渡しなければならなくなり、中小企業の経営者と従業員との間で、その報奨等を巡ってトラブルが発生するおそれがある。」ように思います。

これを避けようとするならば、先日の記事でお話をしたとおり、「委託者への特許を受ける権利を含む特許権の無償譲渡(実質的無償譲渡を含む)を特許法で(若しくは、独禁法違反として)禁止」しないと、日本商工会議所が懸念した問題は発生してしまうのではないでしょうか。

などと、懸念点はなんとなく気になってしまうのですが、では、どうするのが良い?と聞かれると、まだ、自分自身の意見は固まっておらず、困ってしまいますね。
まぁ、私の意見が固まったところで、法改正に影響を与えられるわけもないので、実害はないのですが・・・(笑)