2014年9月3日に開かれた(新)産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会の第8回の議事録が2014年10月17日にアップロードされました。
第8回議事録は、こちら


ちょっと遅くなってしまいましたが、今日はその取りまとめです。
今回の会合で、見えてきたことは、次の3点。
1点目。今後の改正の方向性は、平成26年2月に一般財団法人知的財産研究所から出された『企業等における特許法第35条の制度運用に係る課題及びその解決方法に関する調査研究報告書』462頁から始まる『B3-新日本型』というものだということです。
2点目。改正の時期は、秋の臨時国会に改正案が提案される可能性があり、その場合、改正案の施行が来年になる可能性があることです。
そして、最後、3点目、知財法学者と民法学者の争いです(笑)。

まず、今後の改正の方向性ですが、産業界が明確に、改正の方向性として『B3-新日本型』が望ましいということを明言し、かつ、この『B3-新日本型』は本小委員会の委員長である大渕哲也東京大学大学院法学政治学研究科教授の論文で肯定的に取り上げられていることから(いわば大渕説)、現時点では、今後の改正の方向性は、『B3-新日本型』になる可能性が非常に高いと思います。

そこで、『B3-新日本型』というものがどういうものか、『企業等における特許法第35条の制度運用に係る課題及びその解決方法に関する調査研究報告書』に基づいて説明をしたいと思います。

ただ、ちょっと該当箇所を引用するとかなり長くなるので、最初に、ざっくり取りまとめると、
①特許を受ける権利は原始的に使用者に帰属。
②法定の相当対価請求権は無し。
③各使用者に「発明報奨規則」(仮称)の制定を法的に義務付ける。
④報奨の具体的内容は、金銭支払以外に、研究所設置等の各種のものが可能。
⑤発明報奨規則は、策定に際しての使用者と従業者等との協議等の手続要件の履践を満たすことが必要。
⑥手続を踏むこと自体が要件であって、現特許法 35 条 4 項と異なり、その結果の合理性は無関係。これと関連して、法 35 条 4 項の「等」の実体面も無関係。
⑦上記手続要件として要求されるものが不充足の場合には、現特許法35条が適用され処理される。
⑧発明報奨規則および関連するガイドラインでは、報奨の上限は1億円程度となる。

となります。

個人的には、⑧の1億円程度という数字が出てきたのが意外でした。どのような内容のガイドラインを作成するのかな?と思っていましたが、一つには、このような形で上限を設けるということですね。
確かに、青色発光ダイオード関連の発明で中村修二教授が最終的に受けた報奨金の金額(和解による金額)が8億円超で、これを極めて例外的なケースと考えると、職務発明訴訟で認められた相当の対価は、高額なものでは1~2億円といったところですので、裁判例を踏まえて、上限を定めたということなのかもしれません。
少なくともこれで、企業サイドの予測可能性がつきにくいということについて、一定程度、予測可能性が担保されたように思います。と言っても、上限だけなので、今度は、0~1億円の範囲内で、どのように計算するのか?という点に関するガイドラインをどのように作成するかという問題がありますが。。。

なお、上記取りまとめの根拠となる個所を必要となる範囲で『企業等における特許法第35条の制度運用に係る課題及びその解決方法に関する調査研究報告書』から引用すると以下のとおりです。

『B3(使用者帰属)-新日本型』
(a) 大原則としての B3 (使用者帰属)型ルール本体(第 1 段階)
(a-1) 大原則としての B3 (使用者帰属)型ルール本体の内容
(i) 法定の相当対価請求権はなしとする。
(ii) 各使用者に「発明報奨規則」(仮称)の制定を法的に義務付ける。従業者と法人の役員の双方が対象である。報奨の具体的内容は、金銭支払以外に、研究所設置等の各種のものが可能である。よって、インセンティヴ金等の付与が問題となる。従業者等には、賃金等のほかに、インセンティヴ金的意味での「上乗せ」として、発明報奨規則で定められた額の発明報奨金等を取得させるものである。
(iii) 発明報奨規則は、その策定に際しての使用者と従業者等との協議等の手続要件の履践を満たす必要がある。手続要件としては、法 35 条 4 項掲記の 3 手続等を参考として、①発明報奨規則の策定に際して使用者と従業者等との間で協議を行うこと、②策定された発明報奨規則の開示、③発明報奨規則のあてはめによる発明報奨金等の算定についての従業者等からの意見の聴取等が考えられる。これらの手続を踏むこと自体が要件であって、法 35 条 4 項と異なり、その結果の合理性は無関係であり、これと関連して、法 35 条 4 項の「等」の実体面も関係ない。
上記①の協議以外に、手続要件として、どこまで要求されるかという形で論ずると、議論が整序されると思われる。
そして、通常の意味での協議等の手続の履践の有無のみが審査される。つまり、(通常の意味での)手続審査によってインセンティヴ付与内容の向上を目指すのである。通常の意味での協議等がなされていれば足りるのである。
他方、実体要件自体は課さない。前記の協議等の手続履践がなされている限りは、報奨金等の実体的妥当性の確保は労使協議等の手続に委ねるのが妥当であり、それ以上の実体的な法の介入は行き過ぎのおそれがある。また、実体要件(例えば、発明報奨規則の名に値するレヴェルの額等であること)自体を課すと、その充足の有無を巡る争いで、法定の相当対価請求権を肯定する場合と同様の過重な訴訟審理負担や予測可能性欠如等が避け難いおそれがある。
上記のことこそが、既存の義務等の修正や明確化等ではなく、従業者等に与えられるべきは、むしろインセンティヴ金等の付与という創設的な上乗せであるという B3 型の基本思想に合致するものといえる。それ以上の要件審査は、B2 型と同様となり、相当対価額の過剰という問題こそないが、裁判所・当事者の過重な訴訟審理の負担や当事者の予見可能性・納得感の欠如等という問題点が現行法とあまり変わらなくなってしまうおそれがある。
なお、上記手続要件として要求されるものが不充足の場合には、B3 型本体要件不充足により、B3 型本体ルール適用対象外となり、したがって、例外的 B2 型ルール適用となる。


B3 型の場合、あてはめの問題は残るが、使用者・従業者等のいずれも、事前にインセンティヴ金等の内容は分かるのであって、予測可能性は非常に高い。
上記のように、トータルとしてのインセンティヴは、基本給や賞与等の安定的なものと、法定相当対価請求権のような「宝くじ」的なものの組み合わせによって成り立っているといえるが、B1 は、「宝くじ」的なもののない極めて堅実なものといえようか。この点では、英国型の方が、法定相当対価請求権を認める点で、「宝くじ」的なものが付加されるといえようか。この点では、現日本法は、予測可能性も乏しく、「宝くじ」的要素が極端に高いものといえよう。他方で、「宝くじ」の額すら判決が出ないと分からない、いわば極限的な「超宝くじ」(現日本法・A1A 型)(約 600 憶円かもしれない)よりも、発明報奨規則で額の定まっている「普通の宝くじ」(新日本型・B3 型)(おおむね 1 億円前後まで)の方が、一般的には、普通のサラリーマンたる日本の発明者にとっては、手の届くところにある着実なインセンティヴとなるように思われる。本件の問題は、法理論等で決まるというよりも、日本の国情に合った日本人サラリーマンに適したインセンティヴ付与ルールこそが採用されるべきことが痛感される。
この意味では、現日本法は、日本の国情等からすると、むしろ全く対局に位置すべき高い賭博性ともいうべきものを特色とするもののように思われる。ただ、(前記ドグマ等からすれば)やむを得ない一つの結果なのかもしれない現日本型は、フリ-ランサーやスーパー研究者向きの法制なのかもしれないが、普通のサラリーマン向きではないように思われる。フリーランサーやスーパー研究者については、特別の契約(類型)等で対処すべきであって(後記(c-4)参照)、職務発明法制は、普通のサラリーマン(や法人役員)を中心に考えるべきであろう。

B3 型本体ルール部分の具体的内容(法的に制定を義務付けられ、制定された結果の発明報奨規則の具体的内容)においても、発明報奨規則制定額の上限(ノーベル賞級発明についての額)の一応の目安が、おおむね 1 億円前後となるといえる。いわば、上記上限を出発点として、それ以下の各場合のインセンティヴ金等について、それぞれの場合に応じて考えていけば、考え方が整理できることとなろう。既に述べたとおり、発明報奨規則によって定められる報奨は、インセンティヴ金等であって、特許を受ける権利の譲渡代金(やその延長線上のもの)とは全く異なるし、賃金等とも異なるものである。
他方で、上記目安に照らすと、従前の上限約 600 億円という算定額は、(前記の現行法の出発点からすると、やむを得ない面も強いものの)現行法からとりあえず離れた社会経済的実体からは、インセンティヴ金等としては、いかにも過大であるといわざるを得ないように思われる。過大な額の相当対価請求権の可能性ないしは訴訟リスクに怯えて、優れた職務発明(やその出願)がなされるのに対して抑圧的ないし消極的態度を採るようになるのであれば、全く本末転倒といわざるを得ないであろう。
なお、相当対価額が 1 億円前後と約 600 億円とでは、後者における当該従業者等のインセンティヴの上昇はゼロではなかろうが、反面で、後者における使用者の負のインセンティヴがあまりに過大であって、使用者・従業者等双方を含めたトータルとしてのインセンティヴ(これこそが、特許法の趣旨目的たる発明奨励を通じてのイノベーション促進に直結する)はむしろ大きく減少するように見受けられる。このようなトータルの(訴訟でいえば、原告・被告双方についての)インセンティヴではなく、従業者等だけのインセンティヴのみに注目するトータル性に欠けた偏頗なインセンティヴ論は、権利者不出願型における冒認出願の救済を、権利者不出願の一点を理由に、一貫して拒んできた従前の学説の論法を彷彿させるものがある。出願人本人限定ドグマは、権利者不出願の一点を理由に、それゆえ、出願についてのインセンティヴは働いていない等として、かかる真の権利者(不出願者)の救済を一律に否定してきたが、これは反面で、冒認者が特許権(や特許を受ける権利)を反射的に「合法的」に事実上保有し続けられることになるのであって、これ自体が著しく正義と公平に反することは明らかである上に、インセンティヴ論自体としてさえも、これでは、かえって冒認助長の負のインセンティヴとなるという点を看過してしまっている。インセンティヴを論ずるのであれば、原告・被告の双方のインセンティヴ(正も負も)を総合的に考慮すべきという法律論の基本(鉄則)が欠落している。ただ、かかる前記の従前の学説の論法は、平成 23 年改正で明確に克服済みである(同改正後の法 74 条参照)。本件論点でも、偏頗で一面的なインセンティヴ論ではなく、原告・被告双方のインセンティヴを公平に観察するトータルなインセンティヴ論(本来あるべきインセンティヴ論は、まさしく、これである)が不可欠である。(462-467頁)


引用だけで随分と長くなってしまったので、続きは次回にしたいと思います。

~ つづく ~