少し前の話になりますが、BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 2月号を紹介した際に『競走馬名について「物のパブリシティ権」が成立するかどうか最高裁まで争われ、最終的に、物にパブリシティ権はないと判断されたが、いろいろと理由があって、未だに物の利用にお金を支払うケースがある』ということを書きました。
今日は、そのエントリーに関する続きです。


まず最初に、私自身は、物にパブリシティ権を認めることには反対で、最高裁平成 16 年 2 月 13 日第二小法廷判決に賛成です。
理由は、いろいろとあるのですが、強いてあげるならば、パブリシティ権の発生、帰属、消滅が曖昧すぎて、実務上の混乱が大きい(担当者にとって、かなり悩ましく、法的な観点に加えて、ビジネス上の力関係( or 資金力)をも考慮して判断しなければならず、ビジネスに与える影響が大きい)からです。
したがって、法律によって知的財産権として認められ保護される範囲およびと不正競争防止法によって禁止され保護される範囲でのみ、物の無体物としての側面は保護されるべきで、それを越えて物にパブリシティ権なるものを認めて保護の範囲を拡大すべきでないと思っています。
また、各種の知的財産法によって保護されないものを不法行為法によって保護するというのも、上記理由と同じ理由で、原則として認めるべきでないと思っています。絶対認めるべきでないか?と言われると、困るのですが(苦笑)、本当は、絶対認めるべきでないと答えたい気持ちを持ちつつも、極めて例外的な場合のみ認めるべきと答えることにしています。


閑話休題。
さて、競走馬名に関する物のパブリシティ権を最高裁が認めなかったのは既述のとおりですが、ではその後実務上競走馬名を使用する場合に、これまでライセンス契約をしてきた各社がライセンス契約をしなくなったのか?というと、これが結構微妙で、ほとんどの会社は引き続きライセンス契約をしていたと思います(私の会社だけだったら、ごめんなさい。。。)。
というのも、ライセンサーから、許諾をもらう必要のあるものが競走馬名だけでなく、騎手の名前、勝負服のデザイン、各種データやレース名など多数あるからです。
確かに、それぞれの権利者は異なるので、使用する側としては個別交渉という形をとって馬主と契約を交わさないという方法も理論的にはありえます。
ただ、実務上は、それぞれの権利者とバラバラにライセンス交渉をして、ライセンス契約を締結するのはかなり手間なので、通常、窓口会社をたてて、そこから一括してライセンスを受けてしまいます。
そうすれば、ライセンス契約書はひとつで済みますし、いろいろと交渉も楽になります。
その結果何が起こっているかというと、何故か競走馬名も許諾対象物に入っていたりします(笑)。

上記最高裁判決が出た後に、窓口会社となるライセンサーと競走馬名を許諾対象物から除いてもらうように契約交渉をしたのですが、そのときのライセンサーの回答が「ライセンス契約文言上から競走馬名を削除しても構いませんが、ロイヤリティの総額は変わりませんよ。」というものでした。
ライセンサーである窓口会社にしてみれば、最高裁判決がでたところで、馬主さんのロイヤリティ収入をいきなりゼロにするというのが難しいということは容易に想像できます。
いわゆるライセンス契約における大人なの事情ってやつですね。
この時の最終的な判断は、ロイヤリティの総額が変わらないのであれば、むしろ、契約文言上明確に競走馬名を許諾対象としていた方が販売戦略・宣伝広告戦略上良い、ということで残しました。

ただ、その後、私自身は、上記の理由で、上記の結論となったことはあまり良くなかったのかなと思っています。
というのも、物のパブリシティ権肯定派の会社の法務知財部員にお会いして、上記最高裁判決に関してお話をする機会があったのですが、その方いわく、
『この最高裁判決の読み方として、いかなる場合も物にパブリシティ権なるものが発生しないと考えるのは早計』とおっしゃるのです。
というのも、最高裁平成 16 年 2 月 13 日第二小法廷判決では、
『原判決が説示するような競走馬の名称等の使用料の支払を内容とする契約が締結された実例があるとしても、それらの契約締結は、紛争をあらかじめ回避して円滑に事業を遂行するためなど、様々な目的で行われることがあり得るのであり、上記のような契約締結の実例があることを理由として、競走馬の所有者が競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に利用することができることを承認する社会的慣習又は慣習法が存在するとまでいうことはできない。』
という箇所があり、したがって、社会的慣習又は慣習法となれば、物にパブリシティ権が認められる場合があるというのです。
この部分が傍論かどうかという問題もあるのですが(私自身は傍論と理解しています。)、物のパブリシティ権肯定派の法務知財部員の方は、この部分を引用して『知的財産権法ないし不競法によって保護されるものと、知的財産権および不競法によっては保護されない、ある物の無体物としての側面を合わせてライセンスする契約書において、ある物の無体物としての側面に顧客吸引力があることを認めさせ、ロイヤリティを支払わせるという実績を積むことで、社会的慣習又は慣習法が存在するという状況を創り、その結果として、物のパブリシティ権が認められるようになる。』というのです。

私自身は、物のパブリシティ権の本質的な問題は、
『物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用につき、法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めることは相当ではなく、また、競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否については、違法とされる行為の範囲、態様等が法令等により明確になっているとはいえない』
という点にあると思っているので、
『ある物の無体物としての側面を合わせてライセンスする契約書において、ある物の無体物としての側面に顧客吸引力があることを認めさせ、ロイヤリティを支払わせるという実績を積む』ことで、物のパブリシティ権が認められるようなことにはならないと思っています。

ただ、横並び意識の強い日本企業が「A社もB社もC社もD社もE社もみ〜んなライセンス契約を締結して、ロイヤリティを支払っていますよ。」と言われると、なかなかどうして、法務知財は別にしても、現場が契約交渉しづらくなるのは事実かと。。。(苦笑)