今回は、GREE v DeNA 釣りゲーム訴訟の3回目として、知財高裁(高部裁判長)が、江差追分最高裁判決の具体的な適用において、さらに著作権侵害が成立しにくい判断手法を採用したことについてみていきたいと思います。


まず、最初に、控訴人(=グリー社)の主張をみてみます。
『第1審原告は、あくまで第1審原告が設定した枠内での対比をすべきであり、訴訟物の範囲外の、無関係の画面を持ち出すのは失当であると主張する。』

第1審原告のこのような主張は、当然の主張だと思います。
何故なら、基本的には、著作権者が保護を求める特定の表現に著作権法上の保護を与えるに足る創作性があると判断されたならば、あとはその表現物が、侵害したと主張するものの中に再現(複製ないし翻案)されているかどうかで著作権侵害の有無を決めるべき、と思うからです。
つまり、著作権者が保護を求める特定の表現、例えば「ドラえもん」という表現について著作権法上保護される創作性があると判断されたならば、その特定の表現、すなわち「ドラえもん」が、著作権者が侵害したと主張するものの中に再現(複製ないし翻案)されていれば著作権侵害を肯定すべきです。
著作権者が保護を求めていない著作物について類似性を判断する必要はありませんし、著作権者が侵害だと主張している著作物と無関係な著作物を持ち出して、非類似であるという被告の主張を認めるべきではありません。

ところが、知財高裁は、このような考え方を以下のとおり否定します。

『翻案権の侵害の成否が争われる訴訟において、著作権者である原告が、原告著作物の一部分が侵害されたと考える場合に、侵害されたと主張する部分を特定し、侵害したと主張するものと対比して主張立証すべきである。それがまとまりある著作物といえる限り、当事者は、その範囲で侵害か非侵害かの主張立証を尽くす必要がある。しかし、本件において、第1審原告は、「魚の引き寄せ画面」についての翻案権侵害を主張するに際し、魚の引き寄せ画面は、同心円が表示された以降の画面をいい、魚の引き寄せ画面の冒頭の、同心円が現れる前に魚影が右から左へ移動し、更に画面奥に移動する等の画面は、これに含まれないと主張した上、被告作品の魚の引き寄せ画面に現に存在する、例えば、円の大きさやパネルの配色が変化することや、中央の円の部分に魚影がある際に決定キーを押すと、「必殺金縛り」、「確変」及び「一本釣りモード」などの表示がアニメーションとして表示される画面等を捨象して、原判決別紙比較対照表1における特定の画面のみを対比の対象として主張したものである。このように、著作権者が、まとまりのある著作物のうちから一部を捨象して特定の部分のみを対比の対象として主張した場合、相手方において、原判決別紙報告書(キャスティング・魚の引き寄せ影像)1(3)及び2(2)のとおり、まとまりのある著作物のうち捨象された部分を含めて対比したときには、表現上の本質的な特徴を直接感得することができないと主張立証することは、魚の引き寄せ画面の範囲内のものである限り、訴訟物の観点からそれが許されないと解すべき理由はない。

知財高裁の考え方は、まず最初に『まとまりのある著作物』という概念を持ち出します。そして、この『まとまりのある著作物』について対比をして、著作権侵害を判断すべきとしています。
つまり、単に著作権法上保護される著作物について侵害の有無を判断するのではなく、おそらく単なる著作物ではない『まとまりある著作物』について著作権侵害の有無を判断すべきとしているのですが、『まとまりある著作物』とは何か、それはどのように確定されるのか、その基準は全く示されていません。
これは前回見た「著作権侵害を認めたくなければ著作物をその構成要素毎に分解し、著作権侵害を認めたければ著作権侵害が成立する範囲よりも小さい構成要素への分解を認めない」という判断手法と同じで、「著作権侵害を認めたくなければ『まとまりある著作物』の範囲は広く認定して、相違点が多数生じるようにし、著作権侵害を認めたければ『まとまりある著作物』の範囲を狭く認定して、相違点ができるだけ生じないようにする」ことができる、結論ありきの恣意的な基準だと思います。

この点について、少し具体的なケースを使って説明してみたいと思います。
例えば、劇場版「ポケットモンスター」に「ドラえもん」が登場したとします。
「ドラえもん」は、「まとまりある著作物」なのでしょうか?

仮に、原告の「ドラえもん」が著作物だと認定されたとして、被告の著作物において「ドラえもん」が登場するシーンに「ピカチュウ」も一緒に登場していた場合、原告の『ドラえもん』と被告の『「ドラえもん」と「ピカチュウ」が登場するシーン』とが対比されて、著作権侵害の成否が判断されるのでしょうか?
そして、「ピカチュウ」という大きな相違点があるため、著作権侵害ではない、という被告からの主張を認めるのでしょうか?
それとも、原告の「ドラえもん」がアニメや漫画に登場している場合、原告の『「ドラえもん」の登場シーン』と被告の『「ドラえもん」と「ピカチュウ」が登場するシーン』とが対比されて、原告の『ドラえもん」が登場するシーン』と被告の『「ドラえもん」と「ピカチュウ」が登場するシーン』とでは「ピカチュウ」をはじめたくさんの相違点があり、直接感得性がないため著作権侵害は成立しない、という被告からの主張を認めるのでしょうか?一体どのような基準で著作権侵害の成否が判断されるのでしょうか?

「ドラえもん」が「まとまりのある著作物なのか』それとも「ドラえもんが登場するシーン」が「まとまりのある著作物」なのでしょうか。
一体どうやって「まとまりのある著作物」を判断するのでしょうか。

おそらく、上記の事例では、著作権侵害を認めて良いケースでしょうから、原告の「ドラえもん」は「まとまりのある著作物」であり、被告の「ドラえもん」と対比されて著作権侵害が認められるのだと思います。
(そう、結論ありきですから。。。(笑))。

それでは、「ドラえもん」が「ウォーリーを探せ」状態で被告のワンシーンに使用されているときはどうなのでしょうか?「ドラえもん」の他に、いっぱい他のキャラクターがいて相違点がたくさんあり、すぐにドラえもんが見つからなければ直接感得性がないということになるのでしょうか?(笑)

私自身は、やはり、「ドラえもん」という表現について著作権法上保護される創作性があると判断されたのであれば、「ドラえもん」が、権利者が侵害したと主張しているものの中に再現(複製ないし翻案)されていれば著作権侵害を肯定すべきだと思うのですが。。。
このような判断手法をとっている裁判例は多数あり、このような判断手法に比べると、今回の知財高裁の判断手法は著作権侵害が成立しづらい判断手法です。
そして、何よりも、これまで以上に著作権侵害が成立するかどうかの予測可能性が低くくなってしまう判断手法であり、実務上、混乱が生じる気がしています。