BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2013年 07月号のInside Storyは、「自炊代行、合法化に第三の道」というタイトルで日本経済新聞社の瀬川奈都子さんが書いています。
以前のエントリーで、大変僭越ながら、「首を傾げたくなる記事が多い日経新聞の法務関連の記事のなかで、唯一といっていいほど、法的な素養が高く信頼できる記事を書かれる方です。」と紹介させて頂いた方です。


そんな瀬川記者ですが、今回の記事のなかに『「時代に追いついていない著作権法」と言われて久しい』という箇所があります。

この部分だけをとらえて、瀬川記者を評価しようとしているわけではありません。
単に、このよく聞く『時代に追いついていない著作権法』という箇所に違和感があり、企業法務や知的財産部において、他の知的財産権や法律とともに著作権と著作権法を扱う仕事をしてきたものとしては、著作権法が時代遅れというのは、ちょっと違うと思うわけです。
すくなくとも、著作権法だけが、時代に追いついていない、と評されるのは間違っていると思います。

うがった見方かもしれませんが、なんとなく今の日本の縮図とでもいうべきでしょうか、そんなものを表しているという気がします。そう、『みんな他人(ひと)が悪い、自分は悪くない。』みたいな感じで、著作権法のせいにしている部分が多いように思います。
交渉と契約でどうにでもなるのが、著作権法の世界ですし、きちんとしたビジネスモデルとそこから収益があがることが示せれば、著作権法が決めているルールを意味のないものにして、著作権者から許諾を得ることができるのが著作権法です。
(具体的に誰とは言いませんが)創作サイドにいない人々が、価値あるコンテンツに何の努力もせずにフリーライドするために、『著作権法は、時代に追いついていない。』とか、『著作権法は、時代遅れだ。』とか言っているように聞こえるときがあり、個人的になんともいえない気持ち悪さを持っています。

著作権の保護期間の話もそうです。
著作権者と思われる方で、『(著作者の死後)70年に著作権の存続期間を延長することに反対』という方がいらっしゃいますが、このような主張をするのではなくて、著作権者なのですから、現行の50年という保護期間すら自ら短縮して、そこから収益があがることを示せばよいのです。
そうすることで、法改正を待たずして、新しいルールとそれによって実現される新しい社会を作り出すことができるのです。

瀬川記者も記事の中で書いていますが、『法改正には年単位の時間がかかるのが常で、追いつけないことが宿命ともいえる。』とも述べており、著作権法だけが時代に追いついていないといっているわけではなく、法律一般が時代に追いつけない性質のものだと評しているようにも読めます。もし、そうであれば、著作権に限らず、強行法規でない法律については、法改正など要望せずに、どんどんと新しいビジネスモデルを構築し、契約によってルールと社会を変えていく方がよっぽどスピード感をもって社会を変えることができると思います。
そして、そうしなければ、日本企業が米国企業よりも先に行くことはできないように思います。